一般の人にこそ、AIの仕組みを知ってほしい
──この本は、AIの技術書とは全く違う雰囲気ですね。まず表紙のイラストが謎です(笑)。この本を書かれたきっかけを教えてください。
中西 一番のきっかけは、本当に一般の方にAIを知ってもらいたいという思いですね。世の中には「こう打ち込めばこんなにすごいですよ」というプロンプトの使い方を紹介する本は、たくさんあります。それももちろん役に立つんですけど、書き写しているだけでは身につかないし、成長もしないですよね。
仕組みを知っていたら、「この組み合わせなら、こう書けばいけるかも」ってアイデアが生まれるはずなんです。たとえば車だって、詳細はわからなくても、大体の予測はできるじゃないですか。でもAIの場合は、その予測さえつかない。そこの取っ掛かりだけ教えれば、クリエイティブな人たちがそれぞれの現場で使って、もっとすごいことをやってくれるんじゃないかと思ったんです。
この本は、数式でつまずいてしまう方も多いと思いますが、難しいところは読み飛ばして構いません。大切なのは、全部を理解しようと無理をせず、自分なりにストーリーを思い描きながら読んでいただくことです。たとえ詳しい内容がわからなくても、全体の流れをつかんでいただきたいという思いがあります。「日本のAIは遅れている」という声をよく耳にしますが、私はそうは思わないんです。多くの人がAIの仕組みや背景を知ることができれば、裾野が広がり、日本でもAIの活用がますます進んでいくと信じています。それがこの本を執筆した一番大きな理由です。
──デジタルハリウッド大学の授業がベースになっているそうですね。
中西 そうなんです。授業の内容をかなり膨らませたものになっています。デジハリの学生さんってデザイナーやクリエイター志望の方が多いので、難しい数式を教えるんじゃなくて、いかにAIの動きをイメージできるかに心を砕きました。
高校レベルの「行列」と「ベクトル」で理解できる
──ド文系の私でも、高校数学で習った「行列」と「ベクトル」の話だったのでとっかかりやすかったです。
中西 ありがとうございます。ただ、実は今は状況が違っていて、教育カリキュラム変更の影響で、年代によっては行列を学んでいない場合がある。だからこそ、この本ではできるだけシンプルに説明しています。
まず、ベクトルは「数字を複数入れた箱」だと思ってください。行列はExcelの表だと思っていただければいいんです。縦の行に支店、横の列に売上や商品とか、よくある表がありますよね。この2つのシートを掛け合わせるとどうなるかという風に、行列の考え方がすごく役立ちます。
「ベクトルは数字を複数入れた箱」「行列は数字を縦と横に並べた表だ」という、ある意味の割り切りが理解を助けてくれるんですね。
そしてChatGPTなどの生成AIの元になるトランスフォーマーを支えているのは、この2つ、ベクトルと行列という原理なんです。基本的には足し算と掛け算を組み合わせた計算だと言えます。
──そうした数値の計算から、なぜ文章や言葉を扱うことができるんでしょうか?
中西 「エンベディング(埋め込み)」という仕組みがあります。簡単に言えば、言葉や画像を「数値の列」、つまりベクトルに変換することです。言葉に「住所」を与えるようなものだと思ってください。
数値化することで、言葉同士の「計算」ができるようになるんですね。有名な古典例として、「王様」から「男性」を引いて「女性」を足すと、「女王」のような対応が見られることがあります。言葉の意味を足したり引いたりできるんです。
そして、意味が似ている言葉は、地図上の近い住所に集まります。「ラーメン」と「うどん」は近くに、「スマホ」は遠くに、といった具合です。これによってAIは、単語そのものではなく、その裏にある「意味」や「文脈」に対応する情報を計算として扱えるようになるわけです。
この仕組みがわかると、画像でも、動画でも、音楽でも、あるいはロボットだったとしても、延長線上の技術で何とかなるんだなと想像できる。次の技術はここかなというのが見えてきて、置いてきぼりにならずに済むんですよね。
仕組みを知ることで広がる3つの可能性
──そもそも、AIの仕組みがわかると何が嬉しいんでしょうか。
中西 まず1つ目は、ハルシネーションのことがわかるようになる。AIって嘘をつくこともありますよね。仕組みを知ると、少なくとも現状の枠組みの延長では、ハルシネーションを「完全にゼロ」にするのは難しい、という直感が得られます。「こんなときにはハルシネーションが起きそうだな」とか、そういうことがわかるようになる。「これはちょっと気をつけないといけないから、プロンプトを修正しようかな」とか「確かめるためのプロンプトを入れてみようかな」という気づきが生まれてくるんですね。
2つ目は、プロンプトに対して自分なりの工夫ができるようになること。「こんなことにも使えるのか」という発見を、自分自身で生み出せるようになるんです。
3つ目は、AIの将来像が描けるようになること。この本のポイントは5章、特に5.3節にあります。ベクトルと行列で計算できるのはわかった、でも文章や言葉、色といったものをどう扱うのか。そこを理解すると、この先どんなことが可能になるのか、自分なりに見通せるようになるんですよ。
