スマホが変えた小売業、AIが変える接客体験
AIdiver編集長 押久保(以下、押久保):入社時からデジタルに関わられ、30年以上業界を見てこられた中で、今のAIの進化をどう捉えていますか。
林 直孝氏(以下、林):AIを語る前の話として、まずスマートフォンの普及があります。スマホが広まってお客様の行動が変わり、それに対応したサービスが必要になりました。パルコではアプリを作り、館内でのWi-Fi環境を整え、デジタルサイネージをアプリと連携させる取り組みをしていました。今回のAIの変化も、スマートフォンにAIが搭載されることで、我々がAIを使い始めるきっかけができたという流れで、構造は同じだと思っています。

押久保:2016年頃には「AI元年」という言葉もありましたが、その当時から意識されていたのでしょうか。
林:2016年頃から、IoT・VR・RFID(無線識別技術)・ロボットといったテクノロジーのキーワードが次々と出てきました。バラバラに見えますが、共通点が一つあります。デジタルデータを収集して活用できるようになる、という点です。
それまではスマホやPCという限られたデバイスの世界でのデータ活用でしたが、リアルな店舗の中でもお客様の行動データをデジタルでお預かりできるきっかけが増えた。そのデジタルデータを統合したところにAIを使えれば、今までにない店舗体験ができるのではないかと考え、「デジタルSC(ショッピングセンター)プラットフォーム」という構想を掲げていました。
押久保:どこからその着想は得たのですか。
林:2016~17年にパルコのメンバーと一緒に作り上げたコンセプトです。当時はPepper(ソフトバンクロボティクスが開発したコミュニケーションロボット)と海外のロボットを連携させて接客を試みるなど、オリジナルなものとして開発していました。
2016年に渋谷パルコが一度クローズし、建て替えて3年後にリニューアルオープンするというタイミングがあり、ファッション・アート・カルチャーに加えてデジタルをしっかり組み込んだ次世代型ショッピングセンターとして生まれ変わるというコンセプトがありました。それを具体化するために、構想を固めていったという経緯です。
小売り現場のAI活用の現在地。今どこまできているのか
押久保:今や「猫も杓子もAI」という状況ですが、小売の現場でのAI活用の現在地はどうなっていますか。本社と現場での温度感の違いなども含めて教えてください。
林:お客様向けのサービスとしてAIを導入するには、ハードウェアとシステムを揃える必要があるため、店舗が単独でいきなり取り組むのは難しい側面があります。必然的に本社側の領域での仕事が多くなります。
ただ、より身近なところでは、現場レベルでもAI活用は進んでいます。例えばメールでのお問い合わせ対応です。これまでは現場のスタッフが一から文章を考えていましたが、生成AIを使うことでスピーディーに、かつお客様にご不快な思いをさせない整った文章を作れるようになりました。
押久保:デジタルサイネージのコンテンツ制作でも使われていると聞きましたが。
林:はい。店頭のサイネージに流すコンテンツやサムネイルの制作でも、人の手を介さずにAIで生成する試みが進んでいます。グループ共通で使えるAIプラットフォームがあるため、現場のスタッフがそれぞれの業務課題に合わせて使い始めているという状況です。
まだ組織として「ベストプラクティス」が完全に確立されたわけではありません。大事なのは、全スタッフや経営幹部に一律に当てはまる正解はないということです。現場ごとに課題が異なるため、現場が使い込む中で活用のヒントが見つかる。今はホールディングスが主体となって各現場での好事例を周知し、広めていく活動をしています。
