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安野たかひろ氏×石田健氏×工藤郁子氏が議論「AIは世論をどう“読んで”いるのか」 

【IVS2025】レポート#03

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Pluralityが投げかける課題──「茨の道」の実践と福祉国家の危機

 後半、議論はグレン・ワイルとオードリー・タン氏らによる書籍『Plurality』に移った。安野氏は、Pluralityを「21世紀の新しいイデオロギー」と位置づけ、テクノロジーを使った社会構想が二つの極端な方向に引っ張られる中で、あえて「真ん中の茨の道」を行くものだと説明した。

安野氏:Pluralityは21世紀の新しいイデオロギーの一つです。テクノロジーを使うといっても、実は別に一枚岩ではなく、大きく二つの方向にめちゃくちゃ引っ張られます。一つが権力を集中させる方向性で、万能のAIがすべてを決めてくれる方向。ざっくり言うとサム・アルトマン的な世界です。もう片方が全く真逆で、個人の自由をすごくエンパワーするテクノロジーの方向。これはビットコイン的な方向性です。ビットコインは国家権力が止めようといくら頑張っても、分散台帳なので送金を止めることができません。個人をすごく強くするわけです。

 安野氏は、両極端に偏らず「真ん中の茨の道」を歩むことの重要性を強調する。

 その具体例として挙げたのが台湾の「Join」システムだ。これは政府公式の掲示板で、誰でも法律や政策を提案でき、5,000人以上の賛同があれば担当省庁が必ず検討し、良い案は実行すると約束している。

 この10年で1万件以上の提案があり、約400件が5,000人の壁を突破。うち200件弱が実際に法律化され、年20件というペースで市民提案が実現している。高校生の提案がそのまま法律になった例もある。

安野氏:選挙ではマイノリティが直接意見を言うことは難しいが、この仕組みで新しい経路ができる。日本にもこれを導入することが、第一歩になると思います。

 佐久間氏は、市民提案自体の発想は当然イニシアチブやレファレンダムなど、オランダやカリフォルニアなど様々な場所で実践されてきたが、台湾モデルはそこにさらに熟議という一枚を噛ませながら、意思決定自体をより良いものにしていく知恵が組み込まれていると整理した。既存の代議制民主主義を否定するのではなく、それを補完する新たな回路を技術で実現する。中央集権でも無政府でもない、まさに「茨の道」の実践である。

 これに対して、石田氏は「Pluralityは面白くない」と挑発的に意見を返した。

石田氏:権威主義と個人の自由の真ん中を行きましょうという話は、福祉国家やん、人類200年やっとるやんという感じです。ただ、福祉国家に対する危機が何度も訪れ、それを跳ね返してきた歴史があるんですけれども、最近かなり危機に瀕しているんじゃないかと思っています。

 石田氏が指摘するのは、「個人のナラティブが強すぎる」現状だ。トランプが2時間YouTuberと話し、1,000万回再生される。政策だけでなく、コカ・コーラが好きだとか格闘技の話を挟みながら移民政策を語る。こうしたナラティブが社会を覆う中で、中立的に福祉国家や再分配を語る声は、「あいつら憎いよね」という感情に押し流される。

石田氏:合理的選択理論が前提としてきた有権者の合理性が、どんどんナラティブに引っ張られる時代が向こう10年、20年来ると思っています。渋谷区の人だけに特定のAIがずっと、特定の国の人が迷惑行為をしているとリプライし続けたら、渋谷区だけ有意に行動変容され、外国人ヘイトに寄っていくと思うんです。本来メディアが別のナラティブで打ち消すとか、ナラティブプラスAIのテクノロジーで打ち消す、両方が必要になってくると思います。

AI時代の雇用危機と再分配のナラティブ

 安野氏は、さらに根深い問題を提起した。AIによる雇用への影響である。

安野氏:最近のAIはここ3ヵ月だけでもプログラミング能力がめちゃくちゃ上がっています。エージェントコーディングは本当にやばい。アメリカではマイクロソフトなども解雇し始めていて、スタンフォードのコンピューターサイエンスを出ても就職先がない状態です。これはソフトウェアエンジニアで止まるはずがなく、ホワイトカラー職全般にかなり急速に広がると思います。格差社会がより強くなった時、本来は再分配をしっかりやらないと社会全体が立ち行かなくなります。社会の構造が変わるので準備をしなくちゃいけないんですけれども、そのナラティブをまだ誰も作れていません。

 工藤氏は、熟議民主主義の観点から補足した。憲法は二段の熟議プロセスを想定している。国民と代表者を選ぶ議員との対話(一段目)と、選ばれた代表者たちの議会での話し合い(二段目)だ。この一段目の会話を、短い選挙期間中でテクノロジーの力で深められるかもしれない。ただし、目的設定を争うのが政治である以上、テクノロジー楽観主義には立てないという。

工藤氏:先ほど安野さんもおっしゃった通り、技術の力でゴリゴリやっていけば全部加速主義的に解決するのかというと、私はそこまでテクノロジー楽観主義的な立場を取れません。なぜかというと、目的的なもの、ゴール自体の設定を争うのが政治なので、その目的がセットされれば、そこに向けていかに効率化できるかというのはテクノロジーや科学は得意だと思うんですけれども、そうじゃないところにやはり政治や熟議の価値があると思います。

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この記事の著者

京部康男(AIdiver編集部)(キョウベヤスオ)

ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineとAIdiverには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail ...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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