重要なのはAI予算のポートフォリオ管理
──CAIOやAI戦略を立案する意思決定層にとって、AX(AIトランスフォーメーション)は単なる技術導入ではなく、経営戦略そのものだと感じます。野口さんの観点から「AXの現在地」において、AX推進ができている企業の経営戦略にはどのような共通項が見られますか。また、AIを自社の強力な味方にするために、意思決定層は何に注力すべきだと考えますか。
野口:現在のAX推進においては、経営層も含めてAIの重要性に気づいている段階だと思います。しかし、重要なのは、一度小さく成功したからといって油断できない点です。技術は常に進化しており、成功事例も1年後には陳腐化する可能性があります。常にアップデートし続けられる状態を維持しなければなりません。
特に重要なのは、AI予算のポートフォリオ管理です。3年から5年といった中長期的な視点で大型予算を確保し、どの年にどれだけ配分するかを慎重に決定する必要があります。例えば、初期段階で予算の9割を使い切ってしまい、その後の技術革新に対応できなくなるような事態は避けなければなりません。適切なタイミングで投資を行うと同時に、AI導入に合わせて「人」「組織」「制度」が順応し、変容できる柔軟性があるかどうかが、経営者の腕の見せ所となります。

AIトランスフォーメーションを推進するAIX partner(株)代表取締役。AIdiver特命副編集長。三井住友カード Head of AI Innovation、カウネット社外取締役、マイナビ Executive AI Adviserなどを現任。元ELYZA CMO / 元ZOZO NEXT 取締役CAIO。著書に「ChatGPT時代の文系AI人材になる」など。
──AI導入が進む中で、企業が直面する具体的な障壁や課題はどのようなものがありますか? 特に、企業文化や従業員の働き方に与える影響についてお聞かせください。
野口:AIを積極的に導入する際、企業はいくつかの重要な課題に直面します。一つは、AIによる効率化を追求するあまり、企業の存在意義や文化を壊してしまうリスクです。AIが業務を効率化する中で、これまで人間に求められてきた創造性や判断力がAIに代替され、社員のモチベーションや会社への帰属意識が低下する可能性があります。
極端な話、AIが主導する組織では、「その会社で働く意味」が希薄になることも考えられます。これを避けるためには、単なる効率性だけでなく、企業文化や従業員の豊かさを守るという視点を経営戦略に組み込むことが不可欠です。
AX推進における企業文化と従業員の豊かさの重要性
──データ基盤の整備やAI人材の育成・確保は多くの企業が課題として挙げていますが、これらを経営戦略としてどのように位置づけ、実行していくべきでしょうか?投資判断のポイントなど、具体的な視点があればお聞かせください。
野口:AXを推進する上では、単に技術的な側面に投資するだけでなく、「人」を中心に据えた戦略が不可欠です。AIを導入して効率化できるのは当然のこととして、その上で社員が心豊かに働くための環境をどう構築するかが問われます。まるでAIと人間が共存する「ワークライフバランス」を組織レベルで設計するようなものです。
これは、企業文化の定義に深く関わります。例えば、効率性を追求するあまり、従業員とのコミュニケーションがAIに置き換わり、人が孤立してしまうような状況は避けるべきです。
経営層は、企業のコアとなる定義を再構築し、AIによる効率性よりも会社のカルチャーや従業員の豊かさを守ることを明確に掲げ、それを建前ではなく本当に実行する覚悟が必要です。このような企業は、AI時代においても持続的な成長を遂げられるでしょう。
──AI導入による組織や個人の変化について、具体的なイメージを教えてください。
野口:AIの進化は、組織や個人の働き方を大きく変えるでしょう。これまでは反復作業や単純労働がAIに代替されると言われていましたが、IQ120レベルのAIや自律的に動くAIエージェントの登場により、知的生産活動であるホワイトカラーの業務も大幅に代替される可能性が高まりました。
これにより、将来的に人間の総労働量が今ほど必要なくなるかもしれません。週休3~4日といった働き方も現実味を帯びてくるでしょう。しかし、これは決してネガティブな側面ばかりではありません。既存の業務が不要になる一方で、AIを上手に使いこなし、導入・活用する新しい仕事も生まれてきます。私はこれを「AIワーカー(働くAI)のプロデュース業」と表現しています。重要なのは、AIワーカー(働くAI)をどうプロデュースし、どう制御していくかという視点です。