ビッグバン・ビューティーテックR&D部門優勝──新領域への挑戦
2025年11月、上海で開催された中国国際輸入博覧会(CIIE)でのロレアル・ビッグバンプロジェクトにおいて、MatlantisがR&D部門で優勝したことは、業界で話題となった。世界最大の化粧品メーカーが、マテリアルサイエンスのAIスタートアップを「日本代表」として選出した意味は大きい。
化粧品開発において、望む「質感」や「浸透性」を原子レベルで予測できる技術は、製品開発のスピードを根本から変える可能性を秘めている。また、環境負荷の低い代替原料の探索や、土に還る容器素材の開発など、サステナビリティへの要請が高まる中、「計算の力」が不可欠となっている。
日本のロレアルとMatlantisは、化粧品向けの材料開発に向けた概念実証(PoC)を実施している。現時点で内容は機密だが、好評な手応えを得ており、製品化に向けた布石となっているという。
ただし、材料開発の成果が市場に現れるまでには時間がかかる。材料の世界はものづくりの最上流に位置するため、その成果が出るまでには数年単位の時間を要するという業界特性があるためだ。
米国進出──岡野原大輔氏が描くグローバル戦略
生成AIの進化とマテリアルズ・インフォマティクスの融合により、岡野原氏は「AIが自律的に仮説を生成する」段階への移行を見据えている。
2024年、同社は米国マサチューセッツ州ケンブリッジにオフィスを開設した。MITやハーバード大学が立地する世界最高峰のイノベーションハブへの進出は、日本発のグローバル・プラットフォーマーへの道を着実に歩む決意の表れだ。
Physics as a Service──物理法則をクラウドでオンデマンド提供する時代へ
これまでサイエンスの分野では、理論計算によって現実世界の動きを予測し、その限界に挑んできた。しかし今後は、こうした技術をいかに実産業の現場で実用化するかが最大の課題となる。そして今、AIによる圧倒的な計算速度の進化によって、本当に役に立つシミュレーションが、ついに現実となった新時代が訪れている。
Google DeepMindのGNoMEが新規構造のデータベース(地図)を作るのに対し、Matlantisはその上を走り、動的挙動を解析する「シミュレータ(探査車)」としての役割を担う。アイデアさえあれば、クラウド経由で物理現象をシミュレーションし、新物質をオンデマンドで創造できる未来が、すぐそこまで来ている。Matlantisは単なる「計算の高速化」ではなく、研究者の思考プロセスを「検証型」から「探索・生成型」へと解放し、科学的発見のためのインフラとなりつつある。
材料開発のリードタイムが年単位から週単位へと劇的に短縮されることで、カーボンニュートラル、医療、宇宙開発など、人類が直面する課題解決のスピードが根本から変わる。第一の産業革命が蒸気機関で物理的な力を増幅させたように、マテリアル革命はAIで「思考と創造の速度」を増幅させる。Matlantisは、物質文明そのものを書き換える歴史的プラットフォームとなりつつある。
