AIの業務活用の促進を阻む二つの壁と乗り越え方のヒント
押久保:実際にAIを業務に活用していく上で、壁を感じているところはどんな部分でしょうか。
上野:現実的な問題としては、AIにどこまでデータを渡してよいのか現場で判断しにくいという点がありました。SaaSには入れていたデータでも、AIとなると「本当に大丈夫なのか」と立ち止まってしまうこともあります。契約プラン上は学習や二次利用がされないと説明されていても、心理的なハードルも存在しますよね。弊社の場合、この点については社内で整理して、だいぶ使いやすい環境に整備されてきました。
もう一つは忙しさの問題です。AIを実際に業務に導入しようとすると、検証期間中は一時的に工数が倍になることも珍しくありません。この「現実的な工数」と期待値とのギャップが、導入を難しくしています。
この点、若手や内定者のAI活用を見ると「ネイティブだ」と感じます。私たちが「業務にどう使おうか」という視点で考え検証していくのに対し、彼らは就活や日常にごく自然に取り入れており、その差に焦りを感じることもあります。
野口:「AIネイティブ」あるいは「チャッピー(ChatGPT)ネイティブ」と言うべきかもしれませんね。私たちとは感覚がまるで違います。しかも若手はAIに割ける可処分時間が多く、その時間を活用することでさらに余剰を生み出している。この好循環は、そこに至るまでが大変ですが、一度回り始めると強力です。

AIトランスフォーメーションを推進するAIX partner(株)代表取締役。AIdiver特命副編集長。三井住友カード Head of AI Innovation、カウネット社外取締役、マイナビ Executive AI Adviserなどを現任。元ELYZA CMO / 元ZOZO NEXT 取締役CAIO。著書に「ChatGPT時代の文系AI人材になる」など。
押久保:忙しさの壁については、上野さんはどうアプローチしていますか。
上野:「この人がこの通りやって成果が出た」という事例を、そのまま真似できる状態で伝えることだと思います。まずは真似てできる人を増やすことで、やがて自分なりの工夫へと広がっていきます。そのために、ハンズオン動画を用意し、徹底的に噛み砕いて伝えています。とにかく触ってもらうことを最優先にしているのです。
職種ごとに異なる課題と、サイバーエージェント独自のAI活用事例
野口:他社の話を聞いているとAIの浸透度合いは職種によっても異なりそうですが、御社では差はありますか。
上野:弊社の職種は大きくビジネス職、クリエイター職、エンジニア職に分かれていますが、そのなかでもやはりエンジニアは浸透しやすいですね。やはり技術の最前線に触れる機会が多いのと、業務内容の特性上、世の中の事例を取り込みやすいという有利さもあります。弊社の技術担当役員は「次はエンジニアとAIが協働するチームを作るフェーズ」と話していますね。
野口:なるほど。まだまだ伸びしろがあると言えそうですね。クリエイター職とビジネス職に関してはどうでしょうか。
上野:クリエイター職は最も難しい領域で、アイデア出しなど前段階での導入は進んでいますが、アウトプットに使うことは、権利関係や社会的受容の観点から高いハードルがあります。特にゲームや映像の世界では、AI制作物と知れた途端にファンが「受け入れられない」という反応を示すケースがあり、炎上してしまう事例も少なくありません。技術的なコントロールの難しさもあって、今は限定的な活用に留まっています。
ビジネス職は属人的であったり、事業部特有な業務も多いため、エンジニア職のように世の中の事例をそのまま適用することはあまりできません。ただ、広告やメディア部門にはオペレーション業務が多く、AIのインパクトは大きいです。
弊社では素材の入稿や数値のレポート作成といったルーティン業務に対し、「シーエーアシスタント」というツールを開発しました。このツールはお客様がAIと対話しながら、必要な切り口で24時間365日レポートを閲覧できる仕組みで、元々営業メンバー向けに内製したツールを広告主に提供したものです。ほかには、議事録からタスクを抽出し、Slackでメンション付きで割り振るフローを構築した事例もあります。