AIの進化と生活者の変化 フルアクセルで変革へ挑戦
押久保:まず、柴山さんから自己紹介と、現在Hakuhodo DY ONEで担われているミッションについて教えていただけますか。
柴山:柴山と申します。Hakuhodo DY ONEの広告領域におけるAI総責任者を務めています。また、デジタル広告のプランニングからオペレーション、クリエイティブ制作まで、広告サービス領域全体を担当しています。昨年までは博報堂テクノロジーズにおりまして、博報堂DYグループにおけるAI開発を主導していました。
野口:Hakuhodo DY ONEへ移られたのは、どういう経緯からなのでしょうか。
柴山:ここ数年で一気にAI開発は進んだのですが、開発したサービスと実行との間にギャップがあり、自社開発AIのパフォーマンスが最大化できていないという課題が存在しました。またChatGPTやGeminiなどの生成AI活用領域が広がる中で、会社としてこの波に乗り遅れてはならないという危機感もあります。そこで、AI開発を管掌していた私が直接実行側に移り、AIの活用を積極推進していく役割を担うことになりました。
押久保:会社としてAIにコミットしていく姿勢が見える戦略的な人事ですね。現在のマーケティング業界全体のAI活用動向はどのように捉えられていますか。
柴山:マーケティング領域は、エンジニアリング領域、セールス領域と並び、生成AIの影響を最初に大きく受けるという予測通りの流れになっていると感じます。また、広告パートナーであるGoogle、MetaなどのテックカンパニーのAI進化に対し、私たちもそこに抗うことなく波に乗る必要があります。
特に生成AIに関しては、「広告のオペレーションがどう変わるのか」「生活者の行動がどう変わるのか」という2つの観点から捉える必要があります。後者の話でいうと、たとえばGoogleのAIモードの登場で生活者の検索行動の変容が促されると思いますが、そういった変化が今後も続くと思います。生活者の行動変容に合わせてどうマーケティングを変えていくべきなのか。まさに我々が向き合うテーマであると捉えています。
野口:博報堂DYグループの生活者のインサイトを大事にする歴史に鑑みても、「生活者の行動変容」へ迅速な対応は期待します。またプラットフォーマーのAIとどう共存するかという点は、奥深い観点だと思います。アルゴリズムの進化を受け入れつつ、どう付加価値をつけていくのかという点は、過度なプラットフォーマー依存を防ぐことにもつながるのではないでしょうか。
「ONE-AIGENT」誕生の背景 AI時代におけるデジタル広告への問い
押久保:続いて「ONE-AIGENT」が生まれた背景やきっかけについて教えてください。元々博報堂DYグループ横断のプロジェクトから生まれたと聞いています。
柴山:博報堂DYホールディングスが2024年4月1日に設立した、人間中心のアプローチによるAIの先端研究や技術開発を行う「Human-Centered AI Institute(HCAI)」という横断的な組織があります。さらに、2025年11月には「Human-Centered AI Professionals(HCAI Professionals)」を立ち上げました。AI関連領域の専門家集団の活動として、デジタル広告の実行機能を担う私たちが、AIエージェント時代に「運用型広告をどうオペレーションしていくのか。クリエイティブをどう作っていくのか」などを、考えていかなければなりません。
デジタル広告のAIエージェント型のサービスというのは、どういうものなのかの現時点での答えが「ONE-AIGENT」です。リリース時点では主にAIエージェント型広告運用、生成AIを駆使したクリエイティブ制作、そしてお客様のAIエージェント構築支援の3本柱のサービスを発表しています。
押久保:AIエージェント型広告運用サービスでは、具体的にどのような変革を目指しているのでしょうか。
柴山:目指すところは、AIエージェントによる自動化です。運用型広告作業で発生するタスクの圧縮を進めつつ、圧縮したリソースをAIでのアシストによる「人の拡張」に転換していきたい。
私たちは今まで、運用型広告のオペレーションの中で膨大なタスクを抱えてきましたが、その状態で「マーケティングができているのか」という問いを、自分たちに投げかけました。もっともっと分析と仮説出しをしてよりよい提案につなげる余地があるのに、時間的、コスト的制約があり、その余地をお客様にお見せできていない。その状況をAIによるアシストで打破していきたいと考えています。
押久保:具体的な自動化の事例にはどのようなものがありますか。
柴山:分析レポートエージェントでは、CPAがなぜ上がったのかといったような数値の読み解きを専門のリーズニング生成AIモデルが分析し、回答します。また、検索広告においてもAIエージェントが広告文アセットの組み合わせから最もパフォーマンスが出るのか提案し、最適化します。さらに、媒体間の効果最大化のため、AIエージェントが自動で予算配分を行ったりもします。こうしたオペレーションをAIエージェントが担うことで、タスク圧縮を実現し最適化で広告効果を向上させています。
AIアシストによる「人の拡張」とマーケターの新たな介在価値
押久保:タスク圧縮で生まれたリソースを、どのように「AIのアシストによる人の拡張」に繋げているのでしょうか。
柴山:プランニング領域の深いインサイトこそ、人間が力を注ぐべきところです。たとえば、市場分析は、単純なAIでのリサーチ結果ではなく、「私たちマーケターがこういう分析軸が欲しい」というものをチューニングした形で、市場分析を自動で実行し、さらに出力の結果に基づいて人間による洞察を加えて仕上げていきます。
またもう一つの例として、商品のポジショニング分析の場合も同様に考えます。競合商品だけでなく、ジョブ競合(顧客の課題解決の代替手段となる競合)をAIで洗い出し、マッピング軸もAIに考えさせながらポジショニングマップを作成します。
その後、リサーチ結果をもとに人間が最終的にマッピングのチューニングを行うことで、分析内容をより納得感の高いものに仕上げていきます。こうした分析は人手だけでは限界がありましたが、AIのアシストを借りることで分析の発見性につなげることが可能となりました。こうした傾向から、AIに対して人ならではの刺激をいかに与え、その出力結果を人間の洞察をもとにどうチューニングするかが勝負になってくると思います。
野口:AIが導き出した分析結果を、人間がさらに高めるというプロセスが重要ですね。AIへの「刺激」という言葉がありましたが、御社のノウハウや各プランナーさんの視点といったものが、AIに対する刺激になるという認識でしょうか。
柴山:まさにその通りで、AIエージェントや生成AIをどれだけ上手に刺激していくのかが、マーケターの新たな介在価値です。システム側には、マーケティングプロセスと思考のロジックを組み込んでいます。そして人間は「この商品の推しはここ」「A社らしさというブランド観点」といった刺激をコンテキストという形で加えることで、AIの出力を高める役割を担います。この「刺激する部分」こそ、マーケターが商材に深く向き合ってきたからこそ人間が出せるパフォーマンスの部分です。
AIエージェントオーケストレーションが次世代マーケティングの要
押久保:AIエージェント活用が今後進む中で、AIエージェント同士を連携させるオーケストレーションが重要になると言われています。「ONE-AIGENT」はさらに広告主のAIエージェント構築および連携も掲げられていますが、この次世代マーケティング戦略についても教えてください。
柴山:まだ試験運用中の段階ですが、AIエージェントは今後、複数の専門AIエージェントが相互連携するマルチエージェント(A2A:Agent to Agent)の世界観へと変化していくと考えています。このマルチエージェントをコントロールするために、私たちは「AIエージェントオーケストレーター」を開発しています。これはテクニカルに言えば、マーケティング専用のリーズニングモデル(推論モデル)に当たります。
野口:リーズニングモデルを、マーケティング専用にファインチューニングするのは非常に重要ですね。一般のAIモデルはマーケティング領域の「正解」を深くは知りませんから、御社が独自保有する知見をAIに組み込むことで、ユニークかつ重要な機能になると思います。
柴山:オーケストレーションとなると、必ずしもA→B→Cという一方通行のプロセスで解決を図るのではなく、課題に対して最適なプロセスを選ばなければなりません。
たとえば「Z世代向けに効果の良い広告コピーを作ってほしい」とお題を出すと、まずZ世代を想定したバーチャル生活者エージェントとブレストして訴求軸を考えてもらい、その訴求に対してインサイトを踏まえてコピーを作ってもらうなど、それぞれの専門エージェントの特性に応じて、オーケストレーターエージェントがコントロールしていく。こういった世界観を描いています。
押久保:その先には、広告主側のAIエージェントとの連携を想定されています。この構想は、現在どの段階にあるのでしょうか。
柴山:私たちはまず、広告主が私たちの持っているエージェントに対話でアクセスできるところからスタートします。将来的には、広告主側のAIエージェントと当社のAIエージェントを連携させ、RAWデータを受け渡すことなく高度なマーケティングを実行すべく、AIエージェント連携を構想しています。その鍵となるのが、データ連携のハードルを下げる「Zero Data Sharing」という弊社独自の概念です。
企業間データ連携の鍵「Zero Data Sharing」という独自構想
押久保:「Zero Data Sharing」とは、どのような仕組みでしょうか。
柴山:AIエージェントを連携するという構想以前から、広告主の1st Partyデータ連携が実現できればより高度なマーケティングの実現が可能となりますが、その壁は高い状況です。たとえば、RAWデータを渡すと「目的外利用もできてしまう」という懸念がでます。一方「Zero Data Sharing」を活用すれば、AIエージェントを介して情報を連携することにより、企業間のRAWデータを直接連結することなく、データの分析結果を利用したマーケティングを実現することができます。
「今日、何を売りたいか」というお題があったとします。「今日売りたい」に対する変数は色々とあり、まず在庫が手元にあるかどうか。そしてオーガニックで売れるものは広告が必要なく、それをブーストできれば売上最大化になるとした場合に、データテーブルを分析しないといけないのですが、私たちがデータテーブルに触るのは難しいのが現実です。
一方で、広告主側にAIエージェントがあれば、「今の条件にあてはまるのはなんですか」と投げかけ結果だけもらえばよいのです。この結果は機密データにはならないので、データ連携のハードルが下がると考えています。まさに「Sharing」はするが、データは渡さないので「Zero Data」という名づけをさせていただきました。
野口:マーケティングの重要情報を、セキュアかつ迅速に連携できるという着想で興味深いですね。
AIエージェントがマーケティングを根本から再定義
押久保:「ONE-AIGENT」の先行提供では、すでに成果が出始めていると伺いました。具体的な効果改善の事例を教えてください。
柴山:AIエージェント型の広告運用およびクリエイティブ作成と、企業間A2Aそれぞれの視点からお話させてください。前者は、AIエージェントで広告運用およびクリエイティブ作成を実現するというわかりやすい話となりますが、数%~二十数%という効果改善に寄与している事例が数多く出ています。AIエージェント型クリエイティブの提供はすでに十分な提供実績があるため、拡販体制を拡大中です。
後者の企業間のA2Aはまだ実証実験の段階ですが、A2Aの成功事例が少しずつ見え始めているので、そう遠くない段階で皆様にご紹介したいと考えております。
押久保:最後に、2026年初頭の本格提供開始を控え、読者にメッセージをお願いします。
柴山:「ONE-AIGENT」は、博報堂DYグループのデジタル広告を支えるHakuhodo DY ONEが、AI時代のデジタル広告領域において、どう新たな価値を創るのかのメッセージを全て詰め込んだものです。デジタル広告の世界は、テクニカルな部分がフィーチャーされてきましたが、そういった部分はAIが担うからこそ、今後は「マーケティングとは何か、ブランドとは何か」という根源的な問いに立ち返ることになると思いますし、ブランドの一貫性やナラティブ設計といった人間ならではのクリエイティビティの重要性が問われてきます。
「ONE-AIGENT」は、私たちがAI時代の未来をどう考えているかという、世の中に対する問いかけです。現時点のものが完成形だとは思っておらずこれからもアップデートしていきます。ぜひ実際に体験してほしいと思いますし、フィードバックもいただきつつ、皆様と共に未来を創っていきたいと考えております。
野口:「ONE-AIGENT」そのものが、1年後に今日聞いた話とは全然違うものになっている可能性を感じます。そのアジャイルな進化を実現するためのバージョン1の土台ができているという認識を持ちました。これからどう変化していくのか、今から楽しみでワクワクします。
押久保:本企画は「AI時代のマーケティング」をメインテーマに多角的な視点から全12回の連載が続いていきます。AI活用が前提になる中で「マーケティングの根本をどう再定義していくのか」を、連載を通して読者の皆様と共に考えていきたいと思います。次回もお楽しみに。
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