GPT-3時代、市場の反応は冷たかった
2021年前半、キャス氏がOpenAIに入社した当時、GPT-3 APIはAI業界内で高い評価を受けていた。当時Go To Market(GTM)責任者だったキャス氏は、投資家や企業のCEO、CTOにGPT-3のデモを見せて回っていた。しかし、市場の反応は冷たかった。
「デモが終わると、CEOは必ずこう言いました。『それだけ?』。私たちが『どれくらい欲しいですか?』と聞くと、『いらない。帰ってくれ。サムによろしく』と」(キャス氏)
当時のGPT-3は、100万トークン(おおよそ75万語)あたり10ドルと高額で、動作も遅く、精度も今ほどではなかった。「企業のバカどもは分かっていない」と思ったこともあったという。
「見下していた」ラッパー企業の成功
一方で、GPT-3のAPIをうまく活用して成功している企業がいた。自分たちで先端モデルを開発するのではなく、OpenAIのAPIを利用して一般向けのサービスを提供する企業群だ。
AI業界では当時、こうした企業を「ラッパー(wrapper=包むもの)」と呼び、やや侮蔑的に扱う風潮があった。「LLM(大規模言語モデル)の上に薄い機能を載せただけ」だと。キャス氏自身も、そう見下していた時期があったという。
しかし、このラッパー企業たちは、数千万ドル、やがてほぼ数億ドルを稼いでいた。「何かが起きている」とキャス氏は感じた。
2022年半ば、GPT-3.5がリリースされた。GPT-3よりもはるかに優れ、はるかに速く、はるかに安かった。「完全なブレークスルーだ」とキャス氏は期待した。しかし、OpenAI自身の収益は期待ほど伸びなかった。
「市場では、商品を安く仕入れ、適正価格で販売することが実際の価値を生み出す。同じように、GPT-3を知らない人々に使いやすい形で届けたラッパー企業たちは、価値を提供していたのです」(キャス氏)
市場での価値を考えたとき、ラッパー企業を見下した見方は誤っていたことにキャス氏は気づいた。
ChatGPT誕生、「会話型」へのピボットが成功を生んだ
転機は、サム・アルトマンCEOの判断だった。
「もっとシンプルなインターフェースで公開すべきだ」──彼はそう決断し、開発チームに指示を出した。企業向けAPIとして提供するだけではなく、誰でもブラウザからアクセスできる対話型インターフェースを作る。「ChatGPT」の誕生だった。
皮肉なことに、ChatGPTのインターフェースは1990年代から存在するチャット形式そのものだ。インターネット草創期の「AOL」のインスタントメッセンジャーと何も変わらない。
「歴史は韻を踏む。魔法はシンプルさの中にある」(キャス氏)
つまり、OpenAIが「ラッパー」と見下していた企業たちこそ、「体験」の重要性を証明していたのだ。どれだけ優れた技術も、人々が「使いたい」と思う体験に落とし込まなければ、世界は変わらない。
