知能は「水道」や「電気」のようになる
キャス氏は2021年に「Unmetered Intelligence(制限のない知能)」という概念を提唱していた。AIの能力は急速にコモディティ化し、水や電気のような「当たり前のインフラ」になるという予測だ。
「オープンソースかクローズドソースか、どの会社が勝つかという議論に皆さん夢中ですが、それは本質ではありません。モデルはどんどん良くなり、どんどん安くなっている。ノートPCで高性能な大規模言語モデルをインターネットに接続せずに動かせる時代です」(キャス氏)
この予測は的中した。しかし多くの企業はこの変化を見据えていない。
見誤っているのは「社会の受け入れ速度」だとキャス氏は言う。技術の進歩と、企業がその価値を理解するまでの時間差が開いている。人間には「今までのやり方を続けたい」という慣性があり、「過去のほうがよかった」というバラ色の回顧がある。
その結果、AIをうまく活用している企業と、そうでない企業の格差が急速に広がっている。キャス氏が最も懸念しているのは、この「K字型の二極化」だ。
「本当の問題は、競合が同じ体験を構築したとき、あるいはAIエージェントが顧客との関係を仲介し始めたとき、あなたの会社がどうなるかです」(キャス氏)
AIエージェント時代、企業の競争軸が変わる
キャス氏が最も力を込めて語ったのは、「エージェンティックなインターネット」の到来だ。人間がブラウザでウェブサイトを閲覧するのではなく、AIエージェントが代わりに情報を取得し、意思決定を行う世界を指す。
この変化は二つの根本的な転換をもたらす。
人々の「好み」は希少であること
キャス氏は自身の体験を紹介した。アシスタントに「冷蔵庫に何を入れましょうか?」と聞かれた時、彼は4つの商品名を挙げた。デイビッドのプロテインバー、グッドカルチャーのコテージチーズ(ストロベリー味)、スマートフードのホワイトチェダーポップコーン、コカコーラゼロ。
「それ以外はなんでもいい。全部ただの食料品だ」(キャス氏)
同様に、エージェントが「休暇はどこに行きたいですか?」と聞いたとき、多くの人は「気候が良くて、手頃な価格の場所」としか答えない。人は思った以上に、ホテルのブランドにはこだわらないものだ。
つまり、特定のブランドに強いこだわりを持つ商品と、「なんでもいい」商品がある。AIエージェントの時代、顧客が「なんでもいい」と思っている分野では、エージェントが最も安い、あるいは最も評価の高い選択肢を自動的に選ぶ。
「あなたの会社は、顧客の『絶対にこれがいい』リストに入っているでしょうか。それとも『なんでもいい』カテゴリに分類されているでしょうか」(キャス氏)
UIではなく「データの構造」が決め手になる
二つ目の変化は、インターネットそのものの再設計だ。
「多くの企業がまだ、人間がブラウザで見る『HTML的なウェブサイト』を作っています。しかし私たちは今、AIエージェントが読み取る『TXT/XML的なインターネット』を構築しつつあります」(キャス氏)
これは「エージェンティックWeb」と呼ばれる概念だ。人間がウェブサイトを巡回して目で見る時代から、AIが情報を吸い上げて人間に提示する時代へのシフトである。
現在のウェブサイトは、美しいデザイン、目を引くバナー広告、巧みなコピーライティングで人間の注意を引こうとしている。いわば「ショッピングモール」や「ビルボード(看板の並ぶ通り)」だ。
しかしAIエージェントは、デザインの美しさには興味がない。必要なのは、構造化された正確なデータだ。価格、在庫、スペック、レビュー。エージェントはこれらの情報を瞬時に取得し、比較し、最適な選択肢を提示する。
「次のインターネットが到来したとき、そしてそれは非常に早く到来すると思いますが、多くの人が知るでしょう。ショッピングモールとしてのインターネット、一連の看板としてのインターネットは終わったのだ、と」(キャス氏)
つまり、エージェンティックなAIの時代では、UIではなく「データの構造化」が重要になる。
「報われるのは、優れた情報パイプラインを構築し、データの移動と伝送で顧客に価値を提供する企業だ」(キャス氏)
