金融・商社の現場でのAI開発

──jinbaシリーズは、実際の企業現場ではどのように活用され、どんな変化を生んでいますか?
乗杉:大手商社での事例をご紹介すると、従来は「社内情報の分断」や「本当に必要な情報が手に入らない」といった課題が根深くありました。AIでデータ整理を進めても、現場が本当に欲しい情報とシステム化された要件の間にギャップがあり、十分な効果が出ないことも多かったのです。
そこで、「ユーザーがユーザーの指示に従いAIが既存のデータベースを探索し、それで見つからなければAIが探索・取得し、さらにその結果を必ず再利用可能な形で蓄積する」というサイクルを設計しました。たとえばSDGs情報が必要になった時、AIが社内外のデータソースを横断的に探索し、取得したデータはデータウェアハウスに格納。次回以降は迅速に再利用でき、使えば使うほど知の蓄積と循環が進む仕組みです。AIによる再編集や再活用も簡単にでき、現場とシステムの知の循環サイクルができ始めています。
これまで面談記録や担当者の頭の中にしかなかった判断材料を、AIが膨大な非構造データや外部情報も含めて探索・整理できるようになり、思いがけない新たな連携やビジネスの可能性が見つかるようになっています。こうした知の資産化や新規事業創出のサイクルが現場で根付き始めていると感じます。
現在のところ、商社や保険、製造といった大手企業が主な導入先です。特に保険業界では、自動引受査定のアルゴリズム自動化など、メイン業務のDX案件にも注力しています。たとえば、過去数万件の査定データをAIで解析し、人間の判断プロセスを抽象化・ルール化。判例のような知識体系をナレッジベース化して、生成AIが業務判断に活用できる仕組みを構築しています。これは単なる小規模な自動化ではなく、組織の中枢プロセスそのものを再構築する試みです。
バイブコーディングの本質は「言語化」「ペインの洞察」「類似プロダクト理解」
──「バイブコーディング」に求められるスキルについて教えてください。
乗杉:バイブコーディングの本質にあるのは、ユーザーの意思をちゃんと理解し、ペインを言語化できるのか、さらにそのペインに対してその類似のプロダクトを知っているかということだと思います。
「相手の意図や本質的な課題を深く理解すること」、「それを言語化してAIやソフトウェアに的確に落とし込めること」にあります。「類似課題の解決プロダクトが引き出せること」「ユーザーのペインや現場の文脈まで想像し、ユーザージャーニーを描き切る力」が重要です。
たとえば会議で「◯◯という問題がある」と相談された際も、その場でなぜその機能が求められるのか、どう使われるかまで考え抜き、最適なプロンプトや設計を即座に生み出せる人材が必要です。そうした思考力と実装力が、これからのAI時代のプロフェッショナルには強く求められると感じています。
──今後の市場変化や、Carnotが目指す進化の方向について、最後に展望をお聞かせください。
乗杉:Y Combinatorが今掲げる「作り直せ(リビルド)」という投資仮説は非常に示唆的です。従来の「SaaSを既存企業に売る」時代から、専門家自らがAIを使ってプロフェッショナルサービスを生み出す時代が到来しています。
Carnot自身も、単なるSaaSベンダーを超え、自社がAI駆動のプロフェッショナルサービスを提供する企業へと進化する可能性を見据えています。法律事務所や会計、金融コンサルティングなどの分野で、顧客にサービスを「売る」だけでなく、自分たちがその専門家集団になる──そこから大企業が生まれてくるというという仮説を彼らは持っています。
AIスタートアップというと、自社のプロダクトに集中することが正義のように思われがちですが、米国でも既存の企業やプロフェッショナルファームに対してカスタマイズしたサービスを徹底的に提供し、その成果を抽象化してプロダクトに還元していく成功企業は多い。スタートアップやAIベンチャーも、「プロダクト+カスタマイゼーション」の両輪で成長していきたいと考えています。