米オラクルの年次カンファレンス「Oracle AI World 2026」が2026年10月25日(現地時間)、米ラスベガスで開幕した。NetSuiteユーザー向けの「SuiteWorld 2026」も同日に幕を開け、両イベントは10月28日まで同時開催される。
同年11月にはF1のラスベガス・グランプリも控える中、Oracle AI Worldの初日に行われたセッションには、Oracle Red Bull Racingでテクニカル&パフォーマンス・パートナーシップの責任者を務めるジャック・ハリントン(Jack Harrington)氏と、国際セーリングリーグであるSailGPのグループ・テクノロジー・ディレクター マット・ロード(Matt Lord)氏が登壇。カーレースとセーリングという陸と海の最前線で、OCI(Oracle Cloud Infrastructure)やAIをどう使いこなしているのかを語った。
80億回のシミュレーションでライバルの出方まで読む
冒頭、ハリントン氏は「F1は完全にデータ主導のスポーツ」だと語った。マシン1台が1回の走行セッションで生み出すデータは約2テラバイトに及ぶ。その活用例として同氏が挙げたのが、ピットストップのタイミングを決める戦略シミュレーションだ。タイヤの性能劣化のように事前に把握できる「既知のデータ」と、イエローフラッグやセーフティカーの出動など何が起こるか読めない「未知のデータ」を組み合わせて最適解を求める。
同チームは金融や通信業界の予測手法に着目。ランダムな数字を何度も使ってシミュレーションを繰り返し、複雑な結果を推定するモンテカルロ・シミュレーションを採用した。レースウィーク前に80億回、金曜と土曜のフリー走行で得たデータを加えてさらに80億回のレースシミュレーションを実行し、レース中も状況に応じてモデルを更新する。これらのシミュレーションはOCI上で実行されており、移行後は実行数が25%増えたという。
「クラウドで規模を柔軟に拡張できるようになり、単に最速のルートを描くだけでなく、『自分たちがこの判断を下したら、ライバルチームはどう反応するか』という駆け引きまでシミュレーションできるようになった」(ハリントン氏)
同氏は、2021年以降に戦略部門が下した勝利への決断は、すべてOCIの上で行われてきたと話す。レースが計画通りに進むとは限らないが、事前に膨大なシミュレーションを重ねておけば、予想外の事態もデジタル空間ですでに経験している可能性が高いとした。
Oracle Red Bull Racingは今シーズンから、レース中にエンジニアが陣取るピットウォールにAIエージェントを配備している。オラクルと共同で開発したもので、競技規則や技術規則、過去の裁定事例を読み込ませてある。
F1のルール判定は白黒がつかず、グレーゾーンになることも多い。レッドフラグやセーフティカーが出たときの対応、並走中にコース外へ押し出された場合に順位を維持できるのかといった場面で、エンジニアが状況を尋ねると、エージェントが関連する規則を示したうえで判断案まで提示する。最終的にはエンジニアがその内容を確認し、リアルタイムで戦略に反映させる仕組みだ。
故障の予兆を捉え、選手の「違和感」もデータで確かめる
一方のSailGPは、全チームがお互いのデータを閲覧できるという。同一設計のボートに搭載された大量のセンサーから陸上へデータが送られ、各チームはOCIで構築されたダッシュボードを通じてライバルのセッティングや走り方まで分析できる。
「ボートの設計を完全に同一にし、同じルールで競わせ、同じデータを提供している。そうすることで、水上のアスリートの才能と技術、そしてコーチやアナリストがデータをいかに的確に解釈できるかという純粋な勝負に持ち込める」(ロード氏)
現在は、全艇のデータを集約し、コーチが「なぜあのボートは速いのか」と問いかけられるAIチャットボットの開発に取り組んでいる。新規参入チームが過去のトップチームのセッティングや風のコンディションごとの操縦を即座に調べられるようにし、リーグ全体の競技水準を底上げする狙いがある。
「チームにとっても、スポンサーにとっても、リーグにとっても、ボートの故障で水上に出られないことほど最悪な事態はない」と語るロード氏。そこで同リーグは、オラクルと異常検知プログラムを開発した。送られてくるセンサーデータを監視し、部品やポンプの故障の兆候を入水前に察知する。毎レース1〜2件の懸念箇所が見つかり、事前に部品を交換できているという。現在は、ポンプが何回稼働できるかを把握して計画的に交換するライフサイクル管理にも広げている。
次の段階として、夜間のバッチ処理で実行している異常検知をレース中のリアルタイム検知へ移行する計画だ。さらに音声認識との統合も進める。選手が無線で「何かがおかしい」と口にすると、AIがそれをトリガーに走行データやセンサー値を照合し、感覚的な違和感がデータ上の異常と一致しているかを特定する仕組みだという。
エンジンを持たず風だけで走るSailGPでは、目に見えない風の把握も課題となる。そのためSailGPでは、過去の膨大なデータで風の挙動を学習させた「AI風況マッピング」を進めており、レース本番ではコース上の風センサーの実測値とボートのテレメトリを組み合わせ、前方で何が起きるかを選手が把握できるようにするとのことだ。
ドライバー発掘から予算配分、人材育成まで レースの外にも広がるAI活用
今後のAI活用について、ハリントン氏はオラクルとの関係を「マシンに貼られたスポンサーのステッカーではなく、ライバルに対する明確な競争優位性」と表現した。そのうえで、レース以外の領域での取り組みを明かした。
1つは、AIを活用したドライバーの発掘だ。国際的なカート選手権やF4、F3、F2といった既存カテゴリーに加え、通常は注目されないマイナーなレースシリーズからもデータを集め、まだ誰も見出していない才能を探す。
もう1つが財務計画である。F1には予算上限があり、今年はマシンの設計・開発・運用にかける費用を2億1500万ドル以内に抑えなければならない。どこにお金と開発リソースを割り振るかは、マシンの空力設計と同じくらい勝敗に直結するという。同チームは生成AIとOracle Fusion Applicationsを活用して予算シミュレーションを行い、費用対効果が最大になる配分を探っている。なお同チームは2025年6月、スプレッドシートに頼った手作業の財務計画から脱却するため、財務・人事・CXを単一のクラウド基盤でつなぐFusion Applicationsの導入を発表している。
さらに、予測AIを使って一人ひとりの役割に合わせた育成プログラムを提供している。エンジニアが成長してより良いパーツを設計できるようになれば、最終的にマシンのタイム短縮につながるからだ。
バックオフィスの基盤という点では、SailGPについても2023年1月にNetSuiteの活用事例が公表されており、各国に広がるリーグの財務業務をNetSuiteが支えている。レースの現場ではOCIとAIが、その裏側ではFusion ApplicationsやNetSuiteが競争力を下支えする。陸と海の最前線で語られた事例は、AIを経営にどう組み込むかという、あらゆる企業に共通する問いへの具体的な手がかりとなりそうだ。
なお、「Oracle AI World 2026」「SuiteWorld 2026」で発表された内容は、順次レポートしていく。
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AIdiver編集部(エーアイダイバーヘンシュウブ)
「AIdiver」(エーアイダイバー)は、株式会社翔泳社が運営する、企業およびビジネスパーソンのAIの利活用にフォーカスしたメディアです。経営、ビジネス、日々の業務をAIで変革したい「AIリーダー」の皆さまに役立つコンテンツを発信します。
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藤井有生(AIdiver編集部)(フジイ ユウキ)
1997年、香川県高松市生まれ。上智大学文学部新聞学科を卒業。人材会社でインハウスのPMをしながら映画記事の執筆なども経験し、2022年10月に翔泳社に入社。ウェブマガジン「ECzine」編集部を経て、「AIdiver」編集部へ。日系企業におけるAI活用の最前線、AI×ビジネスのトレンドを追う。
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