AIの専門家でなくていい 必要なのは「ソフトスキル」
藤井(AIdiver):昨今、「AI前提」という言葉をよく耳にするようになりました。現在、各社が置かれている市場環境をどのように見ていらっしゃいますか。
橘(東京科学大学/野村総合研究所):これまで以上に、急激な変化が前提となるビジネス環境です。これまでの日本企業、特に大きな比重を占める製造業は、効率化や業務改善といった「現状をより良くしていく」という価値観を重視してきました。その重要性は今後も変わりませんが、AI時代には組織、企業、そして社会全体に、従来よりも変化に対応する力が強く求められてきます。そのための変革が必要不可欠です。
藤井:秩序立てて物事を進めることが日本企業の良さである反面、変化を苦手とする部分もあります。具体的には、どのようなハードルがあると思われますか。
橘:日本企業は部分最適・プロダクト最適・顧客最適といった特定の領域を深く追求することに、相対的に長けているといえます。一方で、変化に対する抵抗感がある。たとえば、欧米企業がトップダウン型で迅速に体制を変えやすい傾向が見られるのに対して、日本の組織は「現場が強い」ケースが少なくありません。この組織文化を生かしながらも、早い変化にどう対応していくか。日本なりの組織づくりが必要となります。
藤井:AIによって業務効率化や生産性向上は期待できますが、事業を推進するのはやはり人。早い変化に対応できる組織となるためには、新技術の導入とともに人材育成も欠かせません。
橘:いわゆる「T型人材」や「ブリッジ型人材」と呼ばれる人材がキーパーソンとなるでしょう。データサイエンスやAIの深い専門性を持った人材は、もちろん特定のプロダクト開発や業務効率化で高いパフォーマンスを発揮する可能性が高いでしょう。しかし、全社的な変革をもたらすには、部署間や経営と現場の「橋渡し」となる人材が重要なのです。
藤井:そのような人材に求められるのは、どのようなスキルなのでしょうか。
橘:広い意味での「ソフトスキル」が必要です。「AI人材」というと、AIを構築し、駆使できる「ハードスキル」にフォーカスしがちですが、自分が「知らない分野」を知ろうとする姿勢、そして自分の専門性をうまく言語化して人に伝える力、さらにそれを組織内に波及・伝搬させていく能力が求められます。特に言語化とコミュニケーション能力は、AIの技術革新が早い現代において重要性が増しています。
藤井:つまり、「AIに詳しい人」だけが重要というわけではないのですね。
橘:その通りです。AIを正しく使うために必要な「素養」「経験」「最低限の技術的知識」「倫理的リスク」を理解し、それを自分の言葉で伝え、周りを巻き込みながらチームとして組織の変革をドライブしていく人が必要なのです。
