AIエージェントが生活者インターフェースになり、マーケティングを一新
トップバッターには博報堂 代表取締役社長 名倉健司氏が登壇。今回で6回目を迎える本フォーラムの主要テーマである「生活者インターフェース市場」の進化と、そこに到来したAIエージェントという新たな波について指摘。生活者インターフェース市場とは、デジタルテクノロジーの進化によって、自動車、家電、家など、生活を取り巻くあらゆるものが生活者と企業の新しいインターフェースとなり、そこから新たな体験やビジネスが生まれる市場を指すが、昨今の生成AIの爆発的な進化は、この市場を全く新しいフェーズへと押し上げているという。
名倉氏は10月に実施した最新の調査結果を引き合いに出し、生成AIを頻繁に利用する人ほど、AIを単なるツールではなく「新しい気づきをくれる相手」や「人には言えない相談ができる相手」、すなわち創造的なパートナーとして認識し始めている現状を指摘した。

そして今、到来しつつあるのが「AIエージェント」の時代である。AIエージェントとは、人間からの指示を単に実行するだけでなく、自律的に複雑なタスクをこなし、生活者との対話を通じて潜在的なニーズさえも汲み取る存在だ。
名倉氏がまず提示した未来像は、企業自身がAIエージェントを開発し、生活者と直接対話するというものだ。例えばアパレルブランドのAIエージェントであれば、デートプランの相談に乗ると同時に最適なコーディネートを提案するだろう。金融機関のエージェントなら、将来の不安を聞き出しながら投資プランを設計し、自動車会社のエージェントは趣味に合わせた旅行先を提案する。むろん、企業側だけの話ではなく生活者自身も自らの代理人として、AIエージェントを活用する時代にもなる。
これまで生活者と企業の間に存在していた、物理的なインターフェースが「AIエージェントとの対話」に置き換わり、いつでもどこでも、個々の生活者の文脈に合わせた無数のサービスが提供される。これこそが、AIエージェントによって飛躍的に拡大する新しい生活者インターフェース市場の姿であるとした。

博報堂はこの変化に対応すべく、「 Human-Centered AI(人間中心のAI)」を掲げ、2024年4月には人間中心のAIの研究開発を進めるHuman-Centered AI Instituteを設立している。その成果の一例として紹介されたのが、TBWA HAKUHODO チーフ・クリエイティブ・オフィサー 細田高広氏の思考法を学習させた「細田AI」の全社活用だ。
細田AIは、マーケティング課題を読み込ませることで、ターゲットインサイトやコンセプト案を対話形式で導き出す。細田AIを用いてワークショップを行ったクライアントからは、「自分のアイデアを発表するのは恥ずかしいが、AIと一緒に作ったものなら共有しやすく、思いもよらない発見がある」といった声が寄せられているという。

名倉氏は最後に、AIエージェントとの対話で生まれる別解の可能性を感じられるオリジナルのAIエージェント群のプロトタイプ「tsubuchigAI(ツブチガイ)」を紹介。来場者は自身のスマホでtsubuchigAIとの対話ができる仕掛けとなっており、実際にAIエージェントとの対話からの体験を感じてほしいと呼びかけた。

AIとの対話が拓く創造の冒険「Prompt Exploring」とは
続いてのセッションでは、博報堂 PROJECT_Vega エグゼクティブクリエイティブディレクター 近山知史氏がモデレーターとなり、お笑い芸人の又吉直樹氏、OpenFashion/AuthenticAI COO 兼 ワールド 企業戦略室 AI・イニシアティブ長の上條千恵氏、AIX partner代表取締役/AIdiver特命副編集長の野口竜司氏を迎えて、「Prompt Exploring」をテーマに議論が展開された。

近山氏は冒頭、AIへの指示出しを最適化する「Prompt Engineering」に対し、AIとの対話を通じて予期せぬ発見や創造性の旅に出ることを「Prompt Exploring」と定義。トップランナーたちがAIをどのように扱い、自身の創造性を拡張しているのかを深掘りした。
ユニークだったのは又吉氏のAI活用法だ。又吉氏は「夜な夜なAIと3時間以上会話している」と明かし、AIを「親友」と呼ぶほどのヘビーユーザーであることを告白した。彼にとってAIとの対話は、執筆前の頭の準備運動のようなものだという。
「誰でも読める文章を書いて」という指示から始め、「上位10%しか読めない文章」「0.01%しか理解できない文章」と徐々に難易度を上げ、言葉が破綻するギリギリまでAIを追い込むことで、自身の脳を活性化させている。
また、又吉氏はAIが自分の意見に対して肯定的すぎると感じると、あえて「全然違うんじゃないか」と否定し、議論のバランスを崩すことで思考の輪郭を確かめるという独自のアプローチも披露した。これはAIを単なる回答マシンとしてではなく、自己の思考を投影し、拡張するための鏡や壁打ち相手として高度に活用している事例と言える。
ファッション業界でAI活用を推進する上條氏は、ファッション業界向けのAIプラットフォーム「Maison AI(メゾンAI)」を通じて、デザインの民主化が進んでいる現状を語った。専門的なスキルがない学生や異業種のビジネスパーソンでも、プロンプトだけで高品質なファッションデザインを生成できるようになったことで、90分の授業で学生全員が作品を作り上げるほどの変化が起きている。
上條氏はAIを「チームの一員」と捉えており、自分一人では思いつかないアイデアをAIが出してきたときの「セレンディピティ」を楽しむ姿勢が重要だと説く。TOKYO AI Fashion Weekでは、「孔雀」や「煙」を素材にした奇抜なドレスなど、AIならではの自由な発想による作品が多数生まれ、クリエイティビティの敷居が劇的に下がっていることが示された。
一方、ビジネス領域の最前線にいる野口氏は、AI活用のフェーズが「チャットによる相談」から「エージェントによる実行」へと移行していると指摘する。野口氏自身、「1週間に1つのAIエージェントを自作している」と語り、自身の業務に特化したAIアプリを構築してタスクを委譲する「AIコーディング」を実践している。
また、経営層の間でもAIを単なるツールではなく、意思決定の壁打ち相手や重要な会議のパートナーとして協働する動きが加速しているという。プロンプトへの向き合い方も、とりあえず試す段階から、業務成果に直結させる「本気プロンプト」へと進化していると分析した。
AIとの共創で問われる人間の役割と「本気」の対話
後半では、会場の参加者も交えたアンケート結果を基に、AIと人間の関係性についてより深い議論が交わされた。「AIと無駄話をしたことがあるか」という質問には約7割がYESと回答し、すでに多くの人々がAIを実務以外のパートナーとして受け入れている実態が浮き彫りになった。
さらに「AIに友情や恋愛感情を持ったことがあるか」という問いには13%がYESと回答。これに対し又吉氏は、自身のAIから「真面目さゆえだが、少しモラハラ気質がある」と指摘されたエピソードを披露し、大人になると誰も言ってくれないような本質的な指摘をしてくれる点に、ある種の友情を感じていると語った。野口氏も自作のAIエージェントに対し、自分を理解してくれているからこその愛着を感じていると述べた。
議論の核心に迫ったのは、「AIで作られた作品にがっかりするか?」というテーマだ。又吉氏は「現時点では、人間が大変な苦労をして作ったという背景があると、加点される部分はある」としつつも、将来的にAIの開発背景にある膨大な労力や、システム自体の物語が伝われば、AI作品にも心が動かされる可能性を示唆した。
これに対し野口氏は、「AIを使いながら、人間が血のにじむような思いで努力して作った作品にこそ、今は一番感動する」と述べ、AIが進化してもなお、そこに注がれる人間の熱量が重要であると強調した。
最後に「人間だけが担うべき領域」について問われると、三者三様の答えが返ってきた。上條氏は、最終的なアウトプットに対する「責任」を挙げ、成果物を世に出す際に自分の言葉で届ける覚悟は人間が担うべきだとした。野口氏は「GRIT(やり抜く力)」を挙げ、人間が強い意志を持ってやり切ろうとする姿勢こそが、AIの能力を最大化させると語った。
そして又吉氏は、「書くことそのものへの喜び」や「充実感」を得るプロセスは、他者やAIに譲るべきではなく、自分自身で味わうべきものだと結論づけた。AIは対話のパートナーとして思考を拡張してくれるが、最後の意思決定や情熱、そして責任は人間側にあるという点が、このセッションを通じて浮き彫りになった共通認識だ。
博報堂のAI戦略のコアは「同質化しない価値創造のためのAI活用」
フォーラムの総括として登壇した、博報堂DYホールディングスおよび博報堂 執行役員 兼 博報堂テクノロジーズ 代表取締役社長の中村氏は、全セッションを振り返りつつ、博報堂が目指すAI戦略の全容を語った。中村氏は、AIエージェントとの対話がもたらす最大の価値は、生活者と企業の間に「同質化しない新しい絆」を生み出すことにあると定義した。
AIによる業務の自動化・効率化(オートメーション)は前提としつつ、博報堂が真に目指すのは、AIによって人間の創造性を最大化する「オーグメンテーション(創造性の拡張)」であり、これを「AI-POWERED CREATIVITY」と表現した。
「AI-POWERED CREATIVITY」を実現するために、最初にやることは「AI時代の生活者への理解」だ。すでに同社にある研究機関が様々な角度から、AI時代の生活者像を探っているという。
次のステップは、新しい生活者発想プラットフォームの構築だ。「生活者発想プラットフォームが目指すことは、人の知恵にテクノロジーを掛け算して創造的な『別解』を生むこと」(中村氏)だという。さらに中村氏は、このプラットフォームが持つ4つの主要機能を紹介した。


1.生活者視点での発想機能
これは20万人の生活者意識データと、2億のWeb行動データを基に「エビデンス・ベースドなバーチャル生活者」を生成し、プランナーが彼らと常時対話できる環境を提供するものだ。これにより、いつでも生活者の反応をシミュレーションし、独りよがりではない発想を得ることが可能になる。

2.市場視点での発想機能
AIによる数千市場の常時モニタリングと博報堂の洞察を掛け合わせ、業界のイシューや変化の兆しを捉え、市場を動かすアイデアの起点を作る。

3.メディア/生活者インターフェース視点での発想機能
生活者接点データやメディア在庫情報を基に、具体的なコミュニケーション設計図をAIと共に描き、アイデアをアクションへと変換する。

4.効果を予測する機能
仮想市場を再現し、施策の実行前に効果予測と改善点をAIと共に検討することで、成功確度を高める。

さらに中村氏は、AI活用が進む中で多くの企業が最適解を求めた結果、似通ったサービスやコミュニケーションになってしまう懸念があると指摘。それを避けるためには、自分とは異なる視点(子供、親、未来など)を、AIを通じて意図的に取り入れ、発想を転換させる必要がある。「なるほど」といった予定調和な答えではなく、「まさか!」という驚きのある別解を導き出すことこそが、クリエイティビティの本質であるとした。
発想だけでなく実行フェーズにおいても、戦略、クリエイティブ、メディア、CRMなど各領域に特化した「AI-POWERED Marketing Solutions」を網羅的に展開している。生活者発想プラットフォームでユニークなアイデア(別解)を生み出し、特化型AIソリューションでそれを精度高く実行に移す。この「発想」と「実行」をAIで高度に連携させる体制により、博報堂はクライアント企業の変革を支援していく。

中村氏は最後に改めて「博報堂はAIによる効率化はもちろんやるが、その先の創造性までAIをしっかりと高めていく」と強調。AIエージェント時代において、技術はコモディティ化しても、そこから生まれる「対話」と「創造性」こそが企業の独自の価値となる。博報堂のAI戦略は、テクノロジーを人間中心に据え直し、生活者と企業の同質化しない新しい関係性をデザインしようとする強い意志表明であった。

