これから強いエンジニアは、作りたいものを持っている人である
役割が変われば、育成も変わる。清水氏は、これまでのエンジニアが「フレームワークの使い方を覚えることに大きなエネルギーを使ってきました」と振り返る。
フレームワークを覚えること自体は楽しい。知識として、間違いなく自分の血肉になるものだ。ただAI時代には、その時間を別の勉強に充てたほうがいいかもしれない、と指摘する。
例えば、ゲーム業界の一部ではエンジンをAIに書かせることが流行っているそうだ。それも、人間が書くよりよいものが出てくる。だとすれば、人間が学ぶべきなのは「そもそもソフトウェアはなぜこの形になっているのかではないか」といった教養ではないかと清水氏は考える。
それは、受託開発の現場などでも同様だ。
「昔のように、即席でJavaの文法だけ教えて現場に放り込むようなことをやっても、『それだったらAIの方がいいよ』といわれるかもしれません」
もう一点、並列開発による認知負荷、いわゆる「AI疲れ」についても聞いてみた。清水氏自身も最初は「病気になったのかなというくらい」眠れなくなったという。だが思い返せば、それは中学生の頃と同じだった。一番プログラムを書いていた時代と変わらず、むしろ若返ったようだと振り返る。
ゲームや小説や映画に夢中になるのと変わらない。違うのは、それらには終わりがあり、プログラミングには終わりがない。だからこそ、AIの利用を続けるには本人の適性が試される。
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最後に、清水氏はエンジニアに向けてこうメッセージを残した。
「これから強いのは作れる人ではなく、作りたいものを持っている人である」
さらに踏み込んで、こう話す。
「自分のために何かを作れる人よりも、誰かのために何かを思いつける人が強いのだ」
AIがあるからこそ、自分は何を創造できる人間なのか、頭の中にどれだけ豊かな世界があるか、どれだけ人を喜ばせたい人なのかが問われている。
