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【動画】ハヤカワ五味氏「人間にしかできない仕事はない」 メルカリAI変革でぶつかった3つの壁と突破口

「AIネイティブ化」のリアルを明かす

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 2025年5月に「AIネイティブカンパニーへの転換」を宣言したメルカリ。このプロジェクトの最前線に立ち、組織と働き方の変革をリードしているのがハヤカワ五味氏だ。2,000人超の社員を抱える企業が、AIネイティブ化にあたってぶつかった壁とは。同氏に、メルカリにおけるAI推進の現場と未来の働き方を聞く。※YouTubeで動画でもご覧いただけます

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AIを使わない企業は「市場から退場する」

──多くの社員を抱える企業が全社的にAI活用を推進する上で、意識の差などがハードルになりがちです。実際のところ、社内の温度感はどのように変化していますか。

ハヤカワ五味(メルカリ):大きく動きがあったのは、今年の8月頃ですね。決算発表のタイミングで、今後1年の事業プランとして「AIネイティブカンパニーを目指す」という方針が対外的にも打ち出されました。それ以前から、プロダクト内に機械学習(Machine Learning:ML)を使うなどのAI活用は行われていましたが、会社全体を変えていくと明確に発表されたのです。

 昨年時点では、AIを使っている人は一部で、全社的なムーブメントには遠い状態でした。2,000人超の社員がいる上に職種も多様ですから、AIの捉え方や使い方も人によって大きく異なります。それが今年に入り、個人でのユースケースだけでなく、チームや組織単位での活用に視点が変わりました。今は、全社が一丸となって取り組んでいると感じています。

──メルカリだけでなく、現在は多くの企業がAI導入を急いでいる印象です。AIによって、企業の競争環境はどのように変化すると見ていますか。

ハヤカワ五味(メルカリ):当社のCEO(山田進太郎氏)も発信していますが、「AIへの対応が遅れると、競争においても後れを取る可能性がある」と強く認識しています。

 これは私個人の意見ですが、今後AIネイティブな企業が本当に出てくるはずです。AI登場以前の企業と、それ以降の企業では、組織体制や事業の捉え方、仕事への向き合い方もまったく違うものになる。

 そうなった場合、業務効率化はもちろん、上場企業として求められる利益率の平均値も変わってきます。たとえば、AIによって人件費が10分の1になれば、求められる利益率はこれまでの何倍にもなるかもしれません。そんな中でいかに競争力を失わずに事業を運営していくか。各社にとって非常に重要な分岐点だと考えています。

株式会社メルカリ AI strategy ハヤカワ五味氏
株式会社メルカリ AI strategy ハヤカワ五味氏

──そんな大きな変化の中で「AIネイティブカンパニー」を目指しているメルカリですが、そもそも「AIネイティブ」とは、具体的にどういった状態を指すのでしょうか。

ハヤカワ五味(メルカリ):CEOのメッセージを引用すると「今年の12月までに、プロダクト、仕事のやり方、組織すべてをAI中心に再構築して、AIの進化を最大限に活用し、これまでにない成果を目指す」ということです。

 ポイントは、お客様に提供する「プロダクト」と、社内の開発や働き方といった「組織・仕事のやり方」の2軸で、すべてをAI前提で作り直す点にあります。ゼロから組織を作るわけではないため「完全なネイティブ」にはなりづらいかもしれませんが、限りなくAIネイティブに近い形で「再構築する」というのが、このビジョンの重要なキーワードです。

──AIネイティブ化へ向けて調整を始めたばかりのフェーズの企業が多い中で、これから差が出るとしたら、何がポイントになってくるでしょうか。

ハヤカワ五味(メルカリ):他社の話を聞くと、経営層からAI導入のROI(投資対効果)、つまり「どうやって利益が出るのかを数字で証明してほしい」といわれるケースが多いそうです。しかし、AIを導入する目的は「利益を出す」よりも「負けないため」だと私は思っています。言い方を変えれば、AI前提で対応していかなければ、競争環境から「退場してしまう」リスクがあるのです。

 AIネイティブな企業は、既存の企業よりも高い利益率、高い効率性で市場に参入してきます。そのため、AI活用はプラスの数字を求める戦略ではなく、対応しきれなかった場合のマイナスをゼロにするもの。いわば、「次のステージに進むスタート地点」に行くための必須条件になりつつあると捉えたほうが良いです。これは、インターネットが登場したときにデジタル化せざるを得なかった状況と同じではないでしょうか。

そもそも、AI活用率は100%にならなくていい

──AIネイティブを目指して、メルカリ社内では具体的にどのような活用が進んでいるのでしょうか。

ハヤカワ五味(メルカリ):私が入社した昨年7月時点では、AIツールはあったものの、活用は翻訳や一部のコーディングなどに限られていました。当社はグローバルなメンバーが多いので、特に翻訳での活用がメインで、いわゆる生成AIらしい活用はほとんどなかったといえます。

 そこから、文化・組織開発の観点で勉強会を開いたり、セキュリティチームと連携してルールを整備したりといった積み重ねによって、活用率が上がっていきました。今年の年始頃には、バックオフィスやプロダクト開発のチームで具体的なユースケースが出てきました。そして、8月には「AI Task Force」という100名規模のプロジェクトが発足し、業務を棚卸しして働き方を再設計する取り組みが進んでいます。

──実際、どのような成果が出ているのですか。

ハヤカワ五味(メルカリ):エンジニアなどの人員が多いという特徴もあり、プロダクト開発にともなうコード生成のAI比率が70%に達しました。エンジニア一人当たりの開発量は約64%向上しています。また、全従業員のAIツールの活用率は95%に。この95%という数字は、単にツールを開いているだけでなく、しっかり業務で活用されているという「質」の面でも改善されてきています。

──AI活用率95%は非常に高い数字ですが、残り5%の方々にはどうアプローチされているのでしょうか。

ハヤカワ五味(メルカリ):結論からいうと、必ずしもAI活用率を100%にする必要はないと考えています。当社にはかなりセキュアな情報を扱うチームも多く、上場企業としてもデータの扱いは極めて難しい。そういった業務柄、AIを使いづらいチームもあるため「必ず使わなくてはならない」わけではありません。重要なのは、AI活用率を100%にすることではなく、全社的にAIでどれだけパフォーマンスを上げられるのかという「質」の部分です

IT企業でもAI推進は楽じゃない ぶつかった3つの壁

──AI推進の中でハードルもあったのではないでしょうか。

ハヤカワ五味(メルカリ):当社はIT企業なので「AI推進は楽だったでしょう」といわれることが多いですが、実はそうでもありませんでした。ITリテラシーの高さも人によります。また、過去にAIトレンドが社内で起こったものの、盛り上がりきらなかった例があるため、「今回も一時的なものではないか」と考える人もいました。

 その上で、私が特に最初の1年間で取り組んだのは、次の「3つの壁」を乗り越えることです。

技術理解の壁:「AIは嘘をつく」「技術的に役立たない」「使いこなせない」といった、技術への理解不足

組織の壁:「やっても意味がない」「直近の評価に直結しないから使わなくていい」「なぜやるのかわからない」といった、目標管理や組織文化との不整合

人の壁:「AIは怖い」「私には必要ない」といった、心理的な抵抗や不安

──最も乗り越えるのが難しかった壁はどれですか。

ハヤカワ五味(メルカリ):「人の壁」ですね。技術的なことやDXは、合理性を示せば使ってもらえると思われがちですが、実際はそうではありません。どれだけ合理的であっても、心理的に受け付けられないものは避けられてしまいます。

 「なんとなく嫌だ」と思われる部分にコミュニケーションを取っていくのが、非常に大変でした。トレンドへの懐疑心や、AIに対する「わからないから怖い」というのが、社員の主な反応でした。

──その心理的なハードルを、どのように乗り越えたのでしょうか。

ハヤカワ五味(メルカリ):これは一つのきっかけではなく線の話だと思っています。1ヵ月でやろうとしたら無理だったでしょう。時間を使って段階的に知識をインプットし、それぞれが「わかっていく」という体験を積み重ねる必要がありました。

 人はAIに対して、100%の正解を求めてしまう傾向があります。人間だって嘘をつくし間違える。だからAIも間違う。それをどう使うかが話のポイントだということを含めて、AIに対する期待値のコントロールも非常に重要だったと思います。

──現場の社員の方々が、特に積極的になったタイミングはありましたか。

ハヤカワ五味(メルカリ):状況が大きく変わったのは今年の春頃。ChatGPTによるDeepResearchのリリースをはじめ、GeminiやClaudeなど、各社でモデルのアップデートが大幅に行われたタイミングがありました。

 それ以前は、業務に使えても、使い手側のリテラシーがかなり求められる印象でした。しかし、アップデートによって実務で使いやすいレベルになったと思います。それまで半年以上かけて知識をインプットしてきたこともあり、「これ使えるじゃん!」と一気に社内の空気が変わりました。

──年末年始の長期休暇も、大きなきっかけになったと伺いました。

ハヤカワ五味(メルカリ):非常に大きかったです。AIは「Nice-to-have(あると良い)」で、個人のインセンティブとして「今すぐ使わなきゃ」とはなりにくい。使わなくても直近の評価が下がるわけではないからです。なかなか必要に迫られないのが、AI活用の難しいところです。

 それが、年末年始やゴールデンウィーク、お盆休みなどは「そういえば社内で話題になったから使ってみるか」と試してみて、良さを体験する機会となりやすかったようです。AIリーダーの方には、長期休暇前に経営層も含めてAI活用のノウハウをインプットすることをおすすめします。「使いたい」という気持ちを高めたまま休暇に入ってもらうと、年始から急激に活用が進むと思います。年に数回のチャンスなので、ぜひトライしていただきたいですね。

考えるべきは「すべてがAIでできたとして、それでも自分は何がしたいか」

──AI活用の進捗や効果はどのように測定されていますか。

ハヤカワ五味(メルカリ):正直にいうと、生成AIの社内推進やDXにおいて、厳密にROIを求めたり測ったりするのはかなりナンセンスだと思っています。そもそも厳密には追えない領域です。

 当社では活用率やコードのAI生成比率などは測っていますが、次の段階では、業務フローがどれだけAIネイティブに変わったか、組織がAI前提にどれだけ適用できたかを見ていくことになるでしょう。

 繰り返しになりますが、AI活用は「プラスの数字が生むのではなく、対応しなかった場合のマイナスをゼロにする」ためのものです。「ゲームのルールが変わったから変化させなければならない、必要な経費」と捉えるほうが良いです。

──では、今後5年先を見据えたとき、メルカリの状況はどう変化していると予想しますか。

ハヤカワ五味(メルカリ):期待しているのは、AI前提のワークフローと組織に完全に適応している状態です。局地的に生産性が10倍になっても、全部のワークフローがまとめて生産性10倍にならないと、享受できる価値自体は10倍にはなりません。

 大事なのは、既存の人間中心のワークフローをAIに代替させるのではなく、「AIを前提としたワークフローに組み直す」こと。そして「なんの仕事をするか」ではなく、「なんの価値を提供するのか」にフォーカスして全部を組み直すこと。これが真のAIネイティブであり、AI時代の競争に勝てる企業の姿だと思います。

──AIによって、社会自体はどう変わるでしょうか。

ハヤカワ五味(メルカリ):正直、5年後はわかりません。3年後、5年後には、大きすぎる変化が起きる可能性があり、人間が予想できる範疇を超えているかもしれません。

 少なくともこの先1年で求められるのは、「人間がどの仕事をやりたいのか」という問いでしょう。私は「人間にしかできない仕事」は、ないんじゃないかと思っています。まずは一度、「全部AIができる」という前提に立ったほうが良い。

 そう考えると、1年後には「何がAIにしかできなくて、何が人間にしかできないか」という話ではなく、「すべてがAIでできたとして、それでも私がなんの仕事をしたいのか」という問いがメインになるはずです。

──「仕事が奪われる」という話もありますよね。

ハヤカワ五味(メルカリ):そもそも、なぜ仕事が奪われたら駄目なのでしょうか。私は週休7日で年収1,000万円欲しいです(笑)。それくらい貪欲でいいと思うんです。今をキープしようとすると「仕事を奪われる」という感覚になります。

 産業革命の時代にも仕事はなくなってきたし、新技術に奪われてきた歴史があります。問題なのは、奪われることではなく、「生計が立たない」「食べていけない」ことのはず。そこは切り分けるべきです。快適な生活ができれば、どれだけ仕事を奪われてもいい。それよりも、自分たちがどうありたいかが、AI時代に本当に重要なことではないでしょうか。

──ハヤカワ五味さん自身、メルカリでのAI推進を通じて学びや発見はありましたか。

ハヤカワ五味(メルカリ):組織が大きく変わる瞬間を目の当たりにしました。組織は変わった後、変わる前のことを覚えていないんですよね。私は1年間見ていたので、当初のネガティブな側面も知っています。しかし、変わったら「最初からみんな使いたかったよね」という世界になっています。

 これは、AI推進をしている人にしかわからない感覚だと思います。この変化していくタイミングを生み出し、メルカリという2,000人超の規模の企業が実際に変わっていく様子を見ることができたのは、非常に貴重な経験です。

──では最後に、同じようにAI推進を担うリーダーの方々へメッセージをお願いします。

ハヤカワ五味(メルカリ):企業や状況が違っても、多くの担当者は同じ悩み、同じ苦しみをもっていると思います。ぜひ、他社の生成AI推進をされている方と交流し、話してほしいですね。

 DXや生成AIの推進というのは、組織としても個人としてもストレスでしかないんです。変化へのストレスの矛先が、どうしても実行している人に向きやすくなってしまいます。つらい時期もあるかもしれませんが、ぜひ同じ境遇の人と苦しみを分かち合い、慰め合ってほしい。

 推進の進捗は企業によって違いますが、「今変わってきているな」という瞬間は、担当者本人には見えるはずです。特に、この日本という国が今後どうやって世界で戦っていくか、大きな岐路でもあるので、みんなで力を合わせて進めていけたらと思っています。

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この記事の著者

藤井有生(AIdiver編集部)(フジイ ユウキ)

 1997年、香川県高松市生まれ。上智大学文学部新聞学科を卒業。人材会社でインハウスのPMをしながら映画記事の執筆なども経験し、2022年10月に翔泳社に入社。ウェブマガジン「ECzine」編集部を経て、「AIdiver」編集部へ。日系企業におけるAI活用の最前線、AI×ビジネスのトレンドを追う。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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