パナソニックが実践する4つの法務AI活用
根橋氏は2021年にパナソニックへ入社し、M&A案件を担当する傍ら、グループ全体の契約管理システム導入プロジェクトに携わった。こうした経験を通じて培った問題意識を社内外で発信し続け、2025年4月にリーガルオペレーションズ担当に就任している。
テクノロジー活用ロードマップ
パナソニック ホールディングスの法務部門では、情報システム部門と連携してテクノロジー活用ロードマップを策定している。事業法務、機関法務、コンプライアンス、輸出管理など各チームの活用状況を俯瞰した上で、「今すぐ効率化したい業務」「3年程度の目線で改善したい業務」「より長期的な理想の姿」という3つの時間軸で整理しているのが特徴だ。
根橋氏はこのアプローチの意義をこう説明する。「リーガルテックベンダーやAIサービスベンダーから新しいサービスがどんどん出てきて、そのサービスを追いかけ回すだけで一日が終わってしまいます」。まず「自分たちが何を解決したいのか」という軸を持つことが先決で、ロードマップはその軸の役割を果たす。
ただし、AIの進化速度は速く、一度定めたロードマップに固執するのも得策ではない。軸を持ちながらも随時見直し、新サービスを真剣に検討するバランス感覚が求められる。
法務AI研究会
もう1つの特徴的な取り組みが、グループ横断の「法務AI研究会」だ。ホールディングスと複数の事業会社から有志を募り、法務と生成AIの付き合い方を議論している。
2024年度は、法務業務に使えるAIのユースケース集を作成した。会議準備の効率化など日常業務での具体例を100枚超のスライドにまとめ啓発活動を展開するとともに、AI時代に人間に必要なスキルやマインドセットについても提言した。2025年度はAIエージェントの能力と限界の研究のほか、法務業務の定量評価とAI分析の可能性の検証にも着手している。
プレイブックの作成
2025年度の研究テーマの1つが、「プレイブック」の作成だ。ここでいう「プレイブック」とは、特定条項の判断基準という狭義のものではない。契約審査を例にすれば、相手方コメントを受け取ってからのファイル保管場所、事業部門とのコミュニケーションのタイミング、他部門との連携が必要なケースの判断基準など、業務フロー全体を整理した実用的なものだ。現在は契約審査業務を対象としているが、機関法務やコンプライアンスなど他の領域への展開も見据えている。
根橋氏はプレイブック作成の狙いをこう語る。「プレイブックを作ることで、AIの進化を横目に見ながら『この業務はAIにやってもらえるんじゃないか』というアイデアを出しやすくなる。そのために業務フローを洗い出しておくことが有益だと考えています」。AIエージェントに業務の一部を任せる際、その業務が全体のどの位置づけにあるかというコンテキストを把握させることで、アウトプットの精度向上も期待できる。法務パーソンにはテクニカルスキルだけでなくヒューマンスキルも大事だ。その観点で、人間だけでなくAIにとっても分かりやすいプレイブックの設計が重要となる。
データ化の取り組み
今後取り組みたいテーマとして、根橋氏は「データ化」を挙げた。定量化になじまないと言われる法務業務だが、実際には進行していく中で多くの情報を生み出す。それをデータとして蓄積することでAIを活用した業務改善の範囲が広がる。
具体例として、契約審査での活用を考えてみる。「当社の業務委託契約書のひな形の第5条について、過去100件のうち98件でひな形通りでない文言になっている」──こうした問題がデータから分かれば、ひな形そのものを見直すきっかけになる。ひな形が実態に合っていれば、契約交渉で議論すべき論点が減り、交渉時間が短縮される。結果として、経営の意思決定スピード向上にも貢献できる。
データ活用の延長線上には、ナレッジマネジメントの革新もある。将来的にはAIが情報の鮮度や正確性──法改正前の資料かどうか、その後の会議で修正された議論かどうかなど──を人間と同等以上に判断できるようになると根橋氏は予測する。そうなれば、ナレッジの取捨選択はAIが担い、人間の役割は「不要なデータを整理してAIの精度を高める」方向へシフトしていくという。
