社内プロモーションは「現場に足を運ぶ」を軸にする
間口を広げても、社員に存在を知ってもらえなければ応募は集まらない。日立ソリューションズの事務局は、各事業部の部長会議に足を運んでトップダウンのメッセージを伝えるという地道な手法を軸にした。加えて、社内ポータルへの記事掲載や、Microsoft Teamsを使った社内ライブ配信企画も併用している。このライブ配信企画はもともとコロナ禍の在宅勤務期間に、社員同士の交流を増やす目的で始まった社内施策で、URLさえあれば誰でも参加できる開かれた場になっているという。既存の社内施策をコンテストの告知チャネルとして転用した点も、参考になる工夫だ。
審査は「AIで一次、人で二次」の体制に切り替える
応募が想定の2~3倍に膨らんだことで、事務局は審査体制の見直しを迫られた。エントリーから一次審査を経て本選出場者を選び、本選出場者にはレポート提出を求めて絞り込み、最終的に9月のプレゼン形式の審査会に進む3段階の設計だ。1,100件から150件、150件から20件、最終的に10件へと絞られ、最終審査会は社内講堂で開催してオンライン配信も行った。ギブリー社の外部専門家も審査に加わっている。
審査そのものにもAIを積極的に活用した点は、審査体制をわずかな人数で回すための工夫として特に参考になる。上期段階では簡易的な分析にとどめていたが、下期には審査基準を精緻化し、一次審査を基本的にAIで行う体制に切り替えた。ボーダーライン付近の案件のみ、人の目で二次チェックする運用だ。審査基準の策定自体も、当時のGPT-4oと壁打ちしながら作り上げたという。
審査基準を作る過程で事務局が重視したのは、技術力の評価だけではなかった。「単なる技術コンテストではなく、全社業務への活用をめざすというトップメッセージがあったので、審査でもその視点を重視しました」と宮崎氏は語る。業務分析の的確さ、AIと人の役割分担、社内展開の見込みといった観点を点数化する仕組みを作り込んだことで、事務局はわずか2、3人ほどの体制でも1,800件以上の応募を審査できたという。
受賞事例は「現場発の小さな検証」から生まれた
生成AI活用のアイデアコンテストの最終審査会の様子 (出典)日立ソリューションズ
社長特別賞を受賞したのは、当時Hitachi Solutions America社に所属していた川尻剛氏(現・AIトランスフォーメーション推進本部 AIエージェント推進室 部長代理)が開発した、輸出管理業務のキャッチオール規制審査を支援するエージェンティックAIだ。キャッチオール規制審査とは、企業が海外の取引先と契約を結ぶ前に、その相手が輸出規制の対象に該当しないかを事前に確認する業務である。米国拠点では、国内に限らずアジア太平洋地域や欧州からの依頼も集中し、年間数千件規模の申請を数人の担当者で処理していたという。
川尻氏はもともと都市空間ソリューションの開発を手がけてきた経歴を持ち、AR(拡張現実)やメタバース関連のサービスも1人で構築してきた。AI専業のエンジニアではない。「キャッチオール規制審査をAIで自動化できるんじゃないか」。着想を得たのは、まだ「AIエージェント」という言葉すら一般的でなかった時期のことだ。
当初はGPT-4への単純なプロンプト投入から検証を始めたが、精度が十分に出なかった。そこで川尻氏はタスクを分解し、禁止リストを照合するエージェント、取引相手の事業内容を調査するエージェントなど、役割の異なる複数のエージェントを連携させる設計に切り替えた。「これまで実施したスクリーニング結果が数千件蓄積されていたので、これを適用してどうしたら正解率が上がるか、地道に検証する方法を取りました」と川尻氏は話す。正解データをAIに与えて判断の妥当性を検証する、人が判定した結果を基準にAIの判断を検証・改善し、最終的に人の判断に近い水準まで精度を引き上げたという。ニュースリリースによれば、このエージェンティックAIによって審査時間は約60%短縮された。
審査で評価されたのは、精度や効率だけではなかった。「当時、AIエージェントという言葉自体がほとんど聞かれないような時期に、単に複数の機能をつなげているだけのものが多い中で、AIが自律的に判断するという点が非常に先進的だった」と川尻氏は振り返る。加えて、米国拠点からの提案だったことが、グループとしての一体感を示す事例としても受け止められたという。
