「支援から完結へ」から「組織への組み込み」に議論は移った
登壇したのは、SaaSビジネスの成功モデルを示した『THE MODEL』の著者であり、日米のソフトウェア産業を最前線で見続けてきた福田康隆氏だ。
福田康隆(ふくだ・やすたか)氏。日本オラクルを経て2004年に米セールスフォース・ドットコムへ転職。翌年、日本法人に移り、9年間にわたり日本市場の成長を牽引(専務執行役員兼シニアバイスプレジデント)。2014年、マルケトに代表取締役社長として入社。2019年、アドビシステムズによる買収で同社専務執行役員マルケト事業統括に就任。2020年1月よりJAPAN CLOUDのパートナーおよびジャパン・クラウド・コンサルティングの代表取締役社長。著書に『THE MODEL』(翔泳社)
福田氏には2026年5月、AIdiverでインタビューをしている。そこで語られたのは、米国の投資家向けカンファレンスで「生成AIという言葉が消え、AIエージェント一色になった」こと、ITは仕事を「支援」するがAIエージェントは仕事を「完結」すること、そして取りに行く財布が企業費用の約5%のIT予算から、約50%を占める人件費・事業運営費に広がることだ(詳細は同記事を参照)。
それから約3ヵ月。コールセンターや法務、営業、マーケティングなどの分野中心に、実際にAIエージェントがタスクを実行する事例が増加している。「支援から完結へ」は、もはや前提になりつつあるのだ。
今回の基調講演で聞き手の押久保が福田氏に投げかけたのは、その先の問いだ。「SaaS is Dead」「人的資本とトークン資本」「組織のデザイン」。この三つは別々の話ではなく、地続きの一つの問いとして読み解ける、というのが講演全体を貫く視点である。

AIは「育つ」という特徴が、データ保有というモートを無効にする
これまでも福田氏はSaaSを「ソフトウェアの一提供形態に過ぎない」と整理し、ソフトウェア自体の重要性はむしろ増していると語った。今回はそこから一歩進め、従来のソフトウェアとAIの決定的な違いを示した。「育つ」ことだ。
「ERPやCRM、マーケティングオートメーションといったこれまでのソフトウェアは、システムそのものが賢くなることはほとんどなく、使う人の能力に価値が依存していました。AIエージェントの場合は、学習できる基盤をきちんと構築し教育していくと、仕事をするたびに賢くなっていく。最近よく『複利の効果』といわれますが、正しく学習ループを回すことでどんどん賢くなり、劇的に生産性が上がっていく。ここが大きな違いです」(福田氏)
この違いは、競争優位の源泉、いわゆるモート(堀)の在り方を変える。これまでのSaaSでは「データを持っていること」がモートだといわれてきたが、実態はデータ移行の大変さやエコシステム、多くの顧客がいる安心感といった周辺要素に守られていた面が大きい。
AIの世界では過去の資産は簡単に移行できるようになり、データ保有はモートにならない。「どれだけ賢くなれるかが、大きな分かれ目になる」と福田氏は見立てる。
福田氏が示してきた二層構造、すなわち顧客・会計データを構造化して格納するSystem of Record(データを記録・管理するシステム)と、その上に乗るSystem of Action(業務の実行を担うシステム)の整理でいえば、「育つ」のは上の層に乗る業務知識だ。
System of Recordの重要性は変わらない一方、上の層では簡易なインターフェースをかぶせただけのラッパー的な会社は淘汰され、業務知識を学習ループで磨き込める会社との差が「圧倒的なスピードで」開いていくという。
スピード感は、普及の面でも桁が違う。福田氏が2001年に米国に駐在した当時、現地ではすでに「ソフトウェア・アズ・ア・サービス」という言葉があったが、日本で市民権を得たのは2014年ごろ。一方のAIは、わずか2〜3年でここまで浸透した。判断を先送りする猶予は、SaaSの時代よりはるかに短い。
