伝統的な大企業の変革は難しい……ヒントとなる意外な視点
顧客データ、暗黙知、組織や従業員のデータ。これらはいずれも、価値ある顧客に向き合うカスタマーセントリシティの土台になる。では、こうしたデータ軸の経営は、どこから広がり始めているのだろうか。倉橋氏がフェーダー氏に問いを向けると、その答えは、性格の異なる二つの存在だった。
一つは、小規模なテック企業だ。データに基づいて動き、従来とは異なるやり方でもいとわず実行する。大企業には難しい変革をやり遂げる俊敏さがあるのだ。
そしてもう一つが、意外にも投資家やPEファンド。近年、彼らの間では、顧客データから企業の将来価値を算定する「顧客ベースの企業価値評価(Customer-Based Corporate Valuation)」への関心が高まっている。フェーダー氏の元にも、「この顧客データを使って、企業の価値をどう見積もればいいか」「買収すべきか否か」「買収した後、どうすればより効果的に運営できるか」といった相談が、数多く寄せられているという。
「変革に最も抵抗するのは、伝統的な大企業です。だからこそ、投資家やPEファンドらによる"上"からの動きと、俊敏なテック企業の"下"からの動きで、その大企業を挟み込むように動かしていく必要があるのです」(フェーダー氏)

AIでアウトプットの差が縮まる中、日本企業の何が競争優位性に?
講演の最後には、日本企業がAI時代にどう競争優位性を高めていくかにまで議論が及んだ。この問いに対して、柳川氏は改めて暗黙知の重要性を強調する。それに加えて、フェーダー氏が指摘した顧客との関係構築についても、日本の優位性を語った。
「日本企業は、顧客との信頼関係が非常に強いです。それだけ、顧客からの期待値も高いといえます。その期待を裏切らないような、きめ細やかな対応が求められています」(柳川氏)
フェーダー氏も「顧客の“数”を追い求めるのではなく、一人の顧客とつながっている“長さ”に目を向けるべきだ」と繰り返した。そのために、本講演で何度も語られたデータの可視化はもちろん欠かせない。
しかし、単にデータを可視化しただけでは他社と横並びのままだ。AIが学習していない暗黙知や現場の経験値をどう上乗せできるか。そこにこそ、AIに負けない人間の力がある。柳川氏は「データと経験値で、AI時代にぜひ立ち向かってほしい」と会場へエールを送った。
さらにここまでの話を踏まえて、講演の締めくくりとして倉橋氏はこう語った。
「企業が継続的に新しいデータを生み出すには、個人の力に頼るのではなく、組織や企業文化の構造自体を変革しなければなりません。その上で問われるのが、『自社にとって価値の高い顧客は誰か』を見極めるカスタマーセントリシティです。向き合うべき顧客が定まれば、その顧客を深く理解するために『どんなデータに価値があるのか』もおのずと決まる。つまり、顧客を問うこととデータを問うことは表裏一体なのです。その答えは、自社ならではの戦略的な選択でなければなりません」(倉橋氏)

