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【動画】トヨタコネクティッドのAI推進、社内のリアルな反応は……失敗の先に見つけた成功の鍵

川村将太氏が「プロンプトを学んでもAIは使いこなせない」と語る理由

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日系企業ならではのハードル 解決の鍵は「外部からの圧力」

藤井:AI推進によって、どのような状態を目指されているのですか。

川村:まず「人が変わる」、次に「業務が変わる」、そして最終的に「事業自体が変わる」というシナリオを描いています。昨年からは、まず人が変わるフェーズとしてAI活用の浸透率を測り、業務が変わるフェーズとしてどの程度の工数が削減できたかをKPIに掲げていました。削減できた工数と個別の人件費から、どれ程のリソースが生まれるか概算値を出していたんです。これからは、個々の事業部署にAIを組み込むフェーズにしたいと思っています。各事業のKPIが、我々のAI推進においても重要な目標となるでしょう。

 また、日系企業でありがちなのが「PoC文化」ですよね。実験したものの実装されない、世の中には出ないというケースが多く見られます。ちゃんと本番運用に移せる「PoCの通過率」も社内文化を変える意味では重要な中間指標になりうると思います。

藤井:新たなフェーズに突入されていますが、取り組みの中で課題やハードルはありましたか。特に当時の雰囲気が気になります。

川村:思い返してみると「当時の雰囲気はそこまで良いわけではなかった」というのが正直なところです。もちろん、皆さん一生懸命仕事に取り組んでいるのですが、決められたルーティーンワークを抜けだせない方、残業が多く新しいことを始める余力がない方も少なくありませんでした。加えて、昔ながらの決裁・承認フローや組織・情報のサイロ化も課題としてありました。現場の状況を知れば知るほど「もっと丁寧に伝えていこう」と思うようになりましたね。

藤井:全員にわかるように説明するのは、非常に難しい点ですよね。

川村:例を一つ挙げるだけでも、できることはあります。研修を動画や座学で終わらせるのではなく、必ず講座の後にワークを入れて「手を動かして学んでもらう」ことはかなり意識しました。研修コンテンツ自体も図解を多く取り入れるなど、デザインや設計には非常にこだわりましたね。結果的に「トヨタコネクティッド史上1番わかりやすい研修だった」という声をいただいたのは嬉しかったです。

藤井:全社の意識を変革する上で、特に何がポイントとなったのでしょうか。

川村:意識変革のきっかけとしては、強制力を働かせた全社研修とアンバサダー制度が大きかったです。トップメッセージでAIの意義を伝え、全員がまずAIに触る環境を用意する。そうすると「AI楽しいじゃん」と思ってくれる人も出てきます。

 加えていうなら「外部発信」も効果的です。私自身、イベントへの登壇や記事の執筆などでトヨタコネクティッドでの取り組みを積極的に発信してきました。それを見た外部の方が「トヨタコネクティッドってAI領域頑張ってるんだね」というメッセージを社内の役員や部長陣に伝える。ある種の「良い外圧」として働くわけです。「その期待に応えていこう」という雰囲気が徐々に生まれ、結果的に内部のエンゲージメントを高めることにつながります。一般社員の方々も「AIが使える企業に入って良かったな」「トヨタコネクティッドってイケてる会社らしいぞ」という自負を持てるようになったら素敵じゃないですか。

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藤井:そんな成功の裏側で、逆に「これはうまくいかなかった」という失敗からの学びはありますか。

川村:失敗はたくさんありますね(笑)。たとえば、当初行ったアンバサダー制度は成功であり失敗だったと思っています。AIを使いこなしてもらい、課題を吸い上げる担当者として各部署・チームから数名をアンバサダーに選出および立候補で募りました。しかし、「誰がその稼働時間を負担するのか」という議論もありました。そもそも「AIに興味なんてないのに、なんでアンバサダーにならなければいけないんだ」という話ですよね。当時はAI統括部がアンバサダー稼働分の費用を負担して「お願いします。一緒にやってください」と、強く働きかけた側面がありました。

 一定の成果は出たものの、途中からメンバーの中でモチベーションやスキルにバラつきが出てきました。結果、コミュニティをマネジメントするのが難しくなり、施策がどんどん立てづらくなったんです。時間を作ってくれているアンバサダーさんにも申し訳ない。今後は、人数は絞ってでも自発的で熱量のある人にリソースを投下していくほうが、意外と良いかもしれません。これが反省点の一つですね。

 もう一つあるのが「AIネイティブ企業」になることの難しさです。草の根で改善活動を進めても、なかなかAIネイティブにならない。なぜなら、AIネイティブに変わる条件は、企業の主要な事業や経営部分に組み込まれているかどうかが一番大きいからです。

 自動車は製品ライフサイクルが長く、お客様が乗っている車種は10年、20年前のモデルであることも珍しくありません。当社の主要事業であるコールセンターでは、そうした幅広い年式の車両や車種に対応するために、膨大な製品情報と経験に基づく判断が必要となります。業務難易度が高い上に、お客様の個人情報を扱うセキュリティ面の要件もあり、AIを組み込みづらいんです。だからこそ、しっかりとストーリーを描いて経営層と合意形成する必要があると痛感しています。

攻めと守りを目指し組織を再編 一方で“スピード”の課題も

藤井:実際のところ、社内のAI活用はどの程度浸透しているのですか。

川村:今は8割以上の人が毎週何かしらAIに触れて、自分の仕事に活かし、業務改善をしている状態です。人によっては、1日あたりの業務時間が2〜3時間ほど削減されたという声もあります。この次にチャレンジすべきは、個人の生産性ではなく組織の生産性向上です。

藤井:業務を効率化して生まれた余剰で何をするのかが、実は重要な部分ですよね。

川村:そうですね。生まれた余剰を新しいスキルに投資するのは大前提だと思います。それ以外に、AI導入によってどういう効果があるのか社内調査を行いました。たとえばAIを楽しんで使っている人ほどストレスが軽減されたと感じる人が多く、また働きがいを感じやすいという相関関係が見られたんです。

 経営目線では業務改善や利益が重要です。加えて、社員に長く働いてもらえたほうが良いはず。そういう人や組織のソフトな側面にも訴えかけられるような指標や観点をインストールするのも、我々の役目だと感じています。

藤井:組織体制の大幅な変更も印象的でした。2024年のAI統括部から、2025年4月に「AI/InfoSec統括部」へと組織が大きく変わった理由を教えてください。

川村:AI/InfoSec統括部は、AI統括部と情報セキュリティ・IT運用部門が合体した部署です。攻めと守りを同時に走らせることが大きな目的でした。AI活用を推進していくほど、扱う情報が増えます。セキュリティの壁を早く解消する必要がありました。

 また、組織全体の生産性の改善も目的の一つです。元々は、データ基盤などがいわゆるレガシー構造となっていたため、AIの活用場面が個人業務の最適化で終わることが多かった。この基盤を作り変えることで、生産性がぐっと上がるだろうというシナリオを描いていました。

 ただ、正直なことをいうと、セキュリティを前提としながらAI活用を推進していく上で、従来の一枚岩の組織構造のままでは外部環境の変化スピードに十分追随できていないと感じています。組織が大きく膨れ上がり、立ち上げ時に比べると取り組みのスピードが落ちてしまったのも事実です。

 そこで「試して早く実証する」「定着する」という、ある意味相反する2つの要求を同じ組織で同時に高いレベルで満たすのではなく、役割を明確に分けて両輪で進めることにしました。2025年の12月からは、セキュリティやガバナンスの水準はこれまで以上に維持しつつ、新しい技術をより早く試せる体制へと再編し、スピードと信頼性の両方を高めながら、再び“攻めていける”組織を目指しています

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本当にAIが使いこなせている状態とは? まずやるべきこと

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この記事の著者

藤井有生(AIdiver編集部)(フジイ ユウキ)

 1997年、香川県高松市生まれ。上智大学文学部新聞学科を卒業。人材会社でインハウスのPMをしながら映画記事の執筆なども経験し、2022年10月に翔泳社に入社。ウェブマガジン「ECzine」編集部を経て、「AIdiver」編集部へ。日系企業におけるAI活用の最前線、AI×ビジネスのトレンドを追う。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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