生き残るための三種の神器は、財務、AI、そして人間理解
押久保:AIが作業の大部分を代替する時代に、マーケターの役割はより本質的になるとのことですが、具体的にどのような能力を身につけるべきでしょうか?
西口:これからのマーケターに必須となるのは、知識と能力の「三種の神器」です。
- 財務知識
- AIへの知識(応用能力)
- 人間・顧客の理解
この3つが、AI時代を生き抜くための鍵となります。
押久保:特に、なぜマーケターに「財務の知識」が必要になるのでしょうか?
西口:AIは資本効率を高める方向に動くため、マーケティング活動が「投資効率や費用対効果」の枠組みの中で語られざるを得なくなります。そうなると、マーケターは売上や利益だけでなく、固定費・変動費、BS(貸借対照表)・PL(損益計算書)といった基礎財務を理解しなければ、経営層と対話ができなくなります。財務を理解することは、経営との接点を持つためにも不可欠であり、AI時代におけるマーケティングの貢献度を正しく語る土台となります。
押久保:AIの知識は、単なるツールの使い方ではなく、応用能力が求められるということですね。
西口:その通りです。今何ができるのか、どんなツールや技術があるのかを知り、「最新」の技術をどう活用するかという応用能力が求められます。AIの進歩は非常に速いため、毎日30分でも情報を追いかけ「このツールを使うほうがよい」と自ら判断し、導入できる俊敏性が重要になります。上司や他部門の決定を待っていては、競争に遅れをとる可能性が高まります。
押久保:3つ目の「人間・顧客の理解」について、従来のインサイト理解と、AI時代に求められる深さとの違いは何でしょうか?
西口:これは最も重要で、「AIが予測できない部分」を理解する能力です。AIは行動データは理解できても、その背後にある「心理変化」や「行動と心理のつながり」の予測には限界があります。
たとえば、買い物リストを持っていても、店頭で判断が変わる人間の心理は、必ずしもロジカルではありません。求められるのは、心理学、さらに深く、感情や行動の源泉である内分泌学(ホルモン)や大脳生理学の分野で語られる「生物としての人間理解」です。顧客が意識していないニーズや、本音の裏側にある本当の欲求を洞察する能力こそが、AIが代替できない、マーケターの価値となります。
押久保:西口さんご自身も、かつてご経験された失敗から、大脳生理学などを学ばれたという経緯があるそうですね。そういった深い人間理解の視点が、AI時代でより重要になるのでしょうか。
西口:まさにその通りです。若い時代に論理的には完璧なのに失敗する経験を重ね、論理の外側、つまり人間の「無意識」や「心理」を理解しようと勉強したことが、今、AI時代で最も重要なスキルとして回帰してきました。言語化・形式知化できるものはAIがやってくれるからこそ、暗黙知として存在する人間理解こそが、マーケターの生きる道になると確信しています。
