各社がAI前提の企業経営へと転換しようとする中、それを率いるCxOたちは何を考えているのか。博報堂DYホールディングスのCAIO 森正弥氏が、各業界のトップランナーに取材する対談シリーズ。今回は、三菱ケミカル 執行役員 チーフデジタルオフィサー(CDO) 浦本直彦氏に話を聞いた。三菱ケミカルホールディングス(現:三菱ケミカルグループ)から1度離れ、今度は事業会社・三菱ケミカルのCDOに。IT部門としてどう事業に貢献していくのか。(前編)
90年代のWebサービスが今の生成AIに重なる
博報堂DYホールディングス CAIO 森正弥氏(以下、森):まずは、これまでのキャリアを伺えますか。
三菱ケミカル CDO 浦本直彦氏(以下、浦本):大学時代に、機械が言葉を理解することに興味を持ち、自然言語処理の研究室に入ったのが出発点です。研究室に配属になったのが1987年ですから、かれこれ40年近くAIや自然言語処理に関わってきたことになります。
大学を卒業後、1990年に日本IBMへ入社し、東京基礎研究所で働き始めました。ちょうどインターネットやWebが生まれた頃です。その後はAIが冬の時代に。マークアップ言語XMLに関する研究開発やメタデータ記述の共通枠組みRDFの標準化に取り組み、それらを使ったWebサービスやセマンティックWebの領域を手がけました。それ以降は、AIとWebの領域を行ったり来たりしながら約25年、研究所で働いていました。
森:機械学習モデルの研究開発が盛んになる直前は、セマンティックWebのアプローチが人工知能を実現するといわれていましたよね。
浦本:そうですね。当時のAIや自然言語処理は、どのようにして機械が理解できる形で言葉を表現するかが焦点でした。たとえば日本IBMで最初に担当した機械翻訳では、まず単語に区切って、構文構造を作って、さらに意味構造に変換して……と段階に分けて処理が必要でした。今の生成AI技術とはまるで別物ですよね。
ただ、MCPやA2A(agent to agent)のように、各所の情報を組み合わせて処理させる発想、そして人間とAIエージェントが共生する世界は、かつてのWebサービスやセマンティックWebが目指していたものと似ています。歴史が繰り返されているように感じるのです。
森:最近よく使われている「AI-Ready」という言葉も、セマンティックWebやRDFで表現しようとしていたことと重なります。そうやって少しずつ形を変えながら、概念が進化していくのですね。
長年、日本IBMで研究開発に携わられた後は、2017年には当時の三菱ケミカルホールディングスへ移られました。以降はDXを中心に据えられているように見えます。
浦本:2017年頃の三菱ケミカルホールディングスでは、DX推進組織を作り、IT企業やコンサルティングファーム出身者も含めて、DX人材を社外から多く登用していました。私は最初にデータサイエンティストチームのリーダーを担い、2020年からCDOに就任しました。そして2023年に退職して花王に移り、2026年1月に再び三菱ケミカルに。今度は持株会社ではなく、事業会社のCDOとして戻ってきました。
「家業だと思ってほしい」 化学会社のIT部門の役割は……
森:「中期経営計画2029」では、2029年度にコア営業利益5,700億円という目標が掲げられています。まず、いま会社が置かれている事業環境をどうご覧になっていますか。
浦本:石油化学には、原油価格や市況に価格が左右される汎用品の領域があります。たとえばホルムズ海峡が封鎖されれば、原料そのものが届かなくなります。そのため、当社は半導体や自動車産業向けの素材、グリーンケミカルなど付加価値の高い製品も強化しています。ただし、中国でのオーバーキャパシティの影響も大きく、業界全体が構造改革を迫られている状況です。
森:CDOとしては、どう向き合おうとされているのでしょうか。
浦本:私たちは事業会社のIT部門ですから、事業の成長に貢献することが何より重要です。社長の筑本(学氏)は「この会社での仕事を家業だと思ってほしい」とよくいっています。家業なら自分ごととして一生懸命やりますし、次の世代へ引き継ぐ責任も生まれます。「この仕事は嫌だからやらない」とは言えませんよね。
では、IT部門の家業とは何か。日本IBMで働いていた頃は、研究開発そのものが製品に還元されていました。一方で、三菱ケミカルのような事業会社でその"家業感"をどう得るかは、難しい問いです。それでも、IT部門の目標の最上位には「会社の成長への貢献」を掲げています。事業部門に寄り添いながらコスト削減や売上増に貢献し、企業としての成長を押し上げようとしているのです。
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藤井有生(AIdiver編集部)(フジイ ユウキ)
1997年、香川県高松市生まれ。上智大学文学部新聞学科を卒業。人材会社でインハウスのPMをしながら映画記事の執筆なども経験し、2022年10月に翔泳社に入社。ウェブマガジン「ECzine」編集部を経て、「AIdiver」編集部へ。日系企業におけるAI活用の最前線、AI×ビジネスのトレンドを追う。
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