ベテランの技術をAIに 実現可能性「かなり高まっている」
森:化学業界には、具体的にどのような暗黙知が多いのでしょうか。
浦本:大きく二つです。一つは製品の処方レシピ。どのような配合や分子設計で製品を作るかです。もう一つは、そのレシピを安定して安く大量に作る製造ノウハウ。素晴らしい特性を持つ配合を開発できても、量産できなければ会社の成長につながりません。この二つが、化学会社における“力の源泉”です。これらのノウハウは暗黙知と形式知の塊で、研究開発や製造の現場に宿っています。化学製品の裾野は広く、作るものが違えば必要なノウハウも少しずつ異なります。
製造時のトラブルへの対応も同様です。過去に近い事例があれば「こう対処すればいい」と分かりますが、まったく経験のないトラブルも起きる。その場合は過去の蓄積がないため、今のAIでは方向性を捉えにくいのです。例のない事態にどう対処するか、どう予防するかが、非常に重要となります。

森:起きたことのないトラブルでも、初動で的確に指示を出せる熟練者の方が各現場にいらっしゃいますよね。それをAIで再現することも、可能なのでしょうか。
浦本:いくつかやり方があるでしょう。たとえば、配管の図面を現場で囲みながら「この配管の圧力が下がったら何が起きるか」「原因はどこにあるか」「このバルブが閉じていたらどうなるか」と、将来起こり得るトラブルを洗い出し、安全性を評価することで将来のトラブルに備える。同じことをAIで行おうとする動きも出始めています。そのためには、テキストや数値データだけでなく、AIが配管の図面を読める必要があるため、AIを活用した図面理解に取り組む企業が増えているのです。
森:起こりうる事態を推論すること自体が、代々受け継がれてきた暗黙知だったわけですね。
浦本:そうです。教科書化されたものもあれば、人の頭の中にしかないものもある。それぞれを形式知化し、図面やフィジカルな現場から知恵を引き出す技術は、以前と比較してかなり実現可能性が高まっています。
とはいえ、単純な因果関係のパターンでは作れないモデル化の難しさもあります。化学には化学工学があり、数式や原理原則をもとに、演繹的なアプローチが取られてきました。暗黙知を含むデータに基づく帰納的な手法やシミュレーションなどの技法を課題に応じて組み合わせられると、おもしろいのではないでしょうか。
NEXT TOPICS
- 国内で競争をしている場合ではない 同一性が強みに
- 現場発のAI活用も進むも新たな課題 あえて個別最適に挑む価値
- 常識外れでも"意思"を持つ者が勝つ? AI時代のリーダー像
この記事は参考になりましたか?
- CxOトーク連載記事一覧
-
- 三菱ケミカル・浦本直彦氏が気づいた「会社が変わるタイミング」 化学の安定性とAIの掛け合わ...
- 日本はフィジカルAIが主戦場に──榊原彰氏が描く将来像 米国・EU・中国との比較で見える課...
- パナソニックG・榊原氏が懸念「AIの進化で“やらかし”の経験がなくなる」 若手の育成とベテ...
- この記事の著者
-
藤井有生(AIdiver編集部)(フジイ ユウキ)
1997年、香川県高松市生まれ。上智大学文学部新聞学科を卒業。人材会社でインハウスのPMをしながら映画記事の執筆なども経験し、2022年10月に翔泳社に入社。ウェブマガジン「ECzine」編集部を経て、「AIdiver」編集部へ。日系企業におけるAI活用の最前線、AI×ビジネスのトレンドを追う。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
