「ワークフロー」は紙の時代の言葉──情報のデカップリング
では、なぜ多くの企業は織田軍になれないのか。和泉氏が挙げたのは、私たちが日ごろ何気なく使う「ワークフロー」という言葉そのものに潜む、古い時代の論理だ。かつて情報は紙と一体で、紙を回すことでしか伝えられなかった。だから組織は「誰に紙を回すか」「どこでハンコを押すか」を軸に組み立てられてきた、と和泉氏は整理する。
ところがデジタル時代には、情報(データ)が紙という媒体から切り離される。和泉氏はこれを「デカップリング」と呼ぶ。データはどこからでも同時に開けるし、共有もできる。それなのに多くの企業は、デジタルツールを入れた後も「決裁を回す」「稟議を通す」という紙の時代の作法のまま業務を進めている。「情報はデータ化されているのに、意思決定のプロセスだけが『紙の時代』のまま滞っているのです」と和泉氏は指摘する。
和泉氏は、この違いを「紙を前提とした古い仕事のやり方」と「デジタルを前提とした新しい仕事のやり方」の対比で示す。前者は、書類を一人ずつ順番に回し、押印により一つずつ承認していく、上から下への中央集権的な進め方。後者は、複数の人が同時並行で処理し、リアルタイムに情報を共有しながら、それぞれが自律的に動く進め方だ。「データはあるのに意思決定が遅い」。多くの企業が抱えるこのもどかしさの正体は、仕事の進め方そのもの、いわば「頭を働かせる時間の流れ」を変えられていないことにある、というわけだ。
蒸気機関は「筋肉」を、AIは「事務処理」を代替する
続いて和泉氏は、話のスケールを産業の歴史へと広げた。ある技術が世に出てから、社会の仕組みそのものを変えるまでには、これまでおよそ100年かかってきたという。蒸気機関による第1次産業革命は、家内制手工業から工場制機械工業へ社会的に変容するのに約100年。鉄道と電信による第2次産業革命も、広域のネットワークと近代的な大企業が生まれるまで約100年かかった。そしてコンピュータから始まった情報の変革は、いままさにその100年サイクルの真っただ中にある。
和泉氏は、この情報化による変革を「1950~2050年という100年単位のデジタル産業への変容サイクル」と考え、さらに、4つの時期に区切ってみせた。1950~1975年のメインフレーム導入、1975~2000年のPC革命、2000~2025年のモバイル・クラウド・SNS。そして私たちがいままさに立っている2025~2050年を、「AI中心によるデジタル完結社会、人間とAIの協業体制の完成」の時期と位置付けた。
この見立てが何を意味するのか。和泉氏は、過去の変化になぞらえてこう説明する。
「かつて移動や運搬を『馬』に頼っていた社会が『自動車』や『鉄道』へと移っていったのと同じレベルの変革が、いままさに私たちの『知的生産の現場』で起ころうとしているのです」
19世紀の蒸気機関は人間の「筋肉」を肩代わりし、人を「どう建てるか(工法の設計)」という一段上の仕事へと押し上げた。同じように21世紀のAIは「事務処理」を肩代わりし、私たちを「どう考えるか」という戦略の仕事へと引き上げる。
AIがホワイトカラーの仕事を担うのは、仕事の「消滅」ではなく、人間にしかできない領域へと担当する業務・タスクが移るだけだ、と和泉氏は付け加えた。だからこそ、AIを既存業務にただ足し込むのではなく、AIを前提に仕事と組織の設計をやり直せるかどうかが問われる。歴史のスケールで見ても、勝敗を分けるのは技術そのものではなく、その技術に合わせて仕組みを組み替えられた側だった、というわけだ。
