AIが当たり前の若手 それでも追いつけないベテランのスキル
坂井:前職のDeNA時代、あるサービスに関わっていたとき、なんとなく組織の意思決定に違和感を抱いたことがありました。その理由をたどってみると、事業責任者やプロダクトマネージャーが、そのサービスを体験していなかったのです。実際に触れてみないと、サービスの楽しみ方や使いにくい点に気づけない。だからこそ、まずはリーダーが直接経験を積む必要があります。
もちろん、人材育成もいかに直接経験を積むかにフォーカスしていくでしょう。商談の場に新入社員も参加してもらったり、ユーザーインタビューを任せてみたり、その人固有の豊かな直接経験が得られる機会を創出しなければなりません。それが、特定の領域に強い部下を育てることにつながります。
藤井:そうした育成設計も、中間管理職の重要な仕事の1つということですね。
坂井:非常に多くのことを判断しなければならない時代において、領域的・場面的なリーダーシップがとれる部下をどう育てるかは大切な視点です。とはいえ、言葉で「あなたがリーダーシップをとってください」といわれても、なかなか実感がもてない。「この領域は自分が一番直接経験を積んでいる」と本人に認識してもらったほうが、安心感があります。
藤井:これからの若手にとって、もはやAIなしの働き方は考えられないと思います。自分の上司とは異なる若手時代を送るということですよね。中間管理職にとって、部下がどこまでAIを使って良いかを見極めることは難易度が高いように思えますが、いかがですか。
坂井:私にも完璧な答えはまだ見つかっていないため、一緒に考えていきたいところですね。
私もClaudeなどAIを使うことはありますが、1つだけ「絶対にAIを使わない」と決めている領域があります。それが"考え事"です。この取材も、私が話しそうなトピックスをAIにまとめてもらうことは可能です。しかし、それをやったら"終わり"だと思っています。自らの過去の縮小再生産にしかなりません。こうした取材の準備も含めて、思考するときは必ずA4の紙とペンだけでアイデアをとにかく書き出すようにしています。
藤井:私も、アイデア出しでは自分の頭で考えるように気を付けています。
坂井:AIが浸透したことで目立つようになったのが、SNSでのがっかり体験です。たとえば、Xに投稿された記事を読んでいくと、途中で「AIか……」と感覚的に気づくことがある。人間のアウトプットを探していたら、人間のふりをしたものが存在しているように感じます。これを私は「AIウォーキング・デッド現象」と呼んでいます。どうしても、人間が苦労して生み出した成果物をちゃんと評価したいという気持ちがあるのです。
たしかにアウトプットの量は増え、便利ではありますが、自分自身の独自性や専門性がなくなっているのではないでしょうか。自分なりの思考を鍛錬する時間は必須です。
藤井:今の意思決定層の多くは、AIを使わずに汗水たらして経験を積み上げ、出世されていますよね。そうした方々が、当たり前のようにAIを使う若手に対して「楽をしているのではないか」とネガティブな感情を抱くことはないのでしょうか。
坂井:あると思います。これは、単純に「老害」と片付けられる話ではなく、正しい感情ではないでしょうか。ベテランが自分なりに濃い経験を積んできた一方で、その原液を若手がAIで希釈して活用しても、アウトプットの質に差が生まれるはずです。
裏を返すと、私はベテランのAI活用には賛成しています。こうすればうまくいく、失敗すると、経験から得たノウハウがあれば、AIのアウトプットの良し悪しを判断できます。しかし、このいわば原液を作る作業をスキップして、応用にAIを使っても、得られる成果には限界があるのです。本人の自信も、下積みによって作られます。
下積みというと、なんとなく「大変な期間」だと捉えてしまうかもしれません。しかし、自分の思考や経験を熟成・発酵させる期間だと考えるべきです。
