組織再編・新規事業…… AIで「どうなるかわからない」をなくせる理由
デジタルツインとは、現実のデータをリアルタイムで取り込み、仮想空間(コンピューター内)にバーチャルバージョンを作成する技術だ。そこでシミュレーションを繰り返すことで、現実社会での意思決定を最適化する。主に、失敗が許されない都市計画やインフラ整備などで活用されてきた。
「たとえば、1万回シミュレーションを行って9,520回成功した場合、95.2%の確率となります。では、残りの4.8%のリスクは許容できるものなのか。事前に意図をもって意思決定ができるのです」(矢倉氏)。
ヒューマン・デジタルツインによって、このアプローチを人事・組織に持ち込むとどうか。従来ならば「やってみないとわからない」とされてきた組織の改編やチーム再編、メンバーがどこでモチベーションが上がるのか、逆に下がるのかなど、データがなく予測が難しかった領域を、このシミュレーションによってカバーできるようになる。個人の能力や感情の微細な変化を予測し、それらを踏まえて組織づくりの意思決定を行うことが可能というわけだ。
既に研究段階では大規模シミュレーションの事例が出始めており、データさえあればスケールできることは分かっているという。やはり、ここでデータの質が重要となる。
「非定型データの中にある文脈や意図を、それぞれの組織の中でデータとして蓄積し、それを踏まえてシミュレーションをする必要があります」(矢倉氏)
この点で、矢倉氏は日本企業が現在「良いポジションにいる」と話す。その理由は“ジョブ型雇用”の失敗にあるという。
明確に定義できる業務ほどAIが代替しやすい。AIによる自動化が進んだ結果「企業独自の色が失われる時代になる」と矢倉氏は予測する。一方で、日本型のメンバーシップ雇用では「言語化されない文化や愛着」といった非定型的な面が育まれてきた。これこそ、企業独自の価値だといえる。ここにテクノロジーを組み合わせることで、本当の組織改革へとつながるのだ。
矢倉氏が「日本がこのヒューマン・デジタルツインをいち早く実現できるポテンシャルを持つ」と断言する背景には、独自の文化的な土壌も関係している。特に欧州社会がAIを「特権的な人間を代替するリスク」と捉えて規制に動く傾向があるのに対して、日本では「ドラえもん」に象徴されるように、AIやロボットが人間の横にいても違和感がないからだという。
ただし、リスクもある。たとえば、単なる工数削減の道具として使われる可能性だ。「安易なユースケースは社員の拒否感を生む」と矢倉氏は指摘する。技術への不信感、人を代替しようとしているイメージが定着すると、それを払しょくするのは容易ではない。「日系企業の在り方を再定義する」という高い視座が必要だ。矢倉氏は最後に「これはAIがもたらす地殻変動ともいえる。今は千載一遇のチャンスであり、組織の未来を決める分水嶺だ」と訴えた。
