作ることが希少ではなくなり、Token MaxxingからToken Economicsへ
二つ目の変化は、作ることの価値低下である。福島氏自身、プロトタイプや自分用の業務エージェントをコーディングエージェントで作ることがあるといい、その進化を実感を込めて語った。
「Claude Codeがない時代にどうやって開発していたのか、私自身は想像できないくらい忘れてしまっています。すごい時代になったと思います」(福島氏)
スライドでは、この2年弱のパラダイムの変遷が整理された。2025年5月頃、Claude Codeの盛り上がりとともに、AIに実装を任せて人間がレビューするスタイルが生まれた。続いて、コーディングエージェントにどんな環境やコンテキストを渡すかを設計する「ハーネスエンジニアリング」が主題になり、Claude Fable 5の登場で、ハーネス自体をAIが設計・自己改善するところまでパラダイムが広がった。

コードを書くこと自体はAIができるようになった。それでも「何を作るか」の意思決定と、できたものの検証には人間の専門性が残る。価値は、作る作業から、決めることと確かめることへ移ったのである。
三つ目の変化が、Token MaxxingからToken Economicsへの転換だ。Token Maxxingとは、とにかく大量のトークンを消費して仕事をAIに任せる人材を良しとするブームのこと。LayerXも昨年のBet AI Day以降、社内でLLMを徹底的に使い込んだ。その結果は劇的だった一方、代償も大きかったという。
「具体的な数字は非公表ですが、会社のコストに影響を与えるレベルでトークンコストを使ってしまいました。継続すれば、赤字が嵩み事業継続が困難な水準になっていたでしょう」(福島氏)
そこで同社は、タスクとモデルの組み合わせを最適化するAIゲートウェイやモデルルーティングを社内に実装。デフォルトで選ばれるモデルや推論量の調整、プロンプトキャッシュを意識したセッションの作り方といった基礎教育まで含めて、トークンあたりのアウトカムを最大化する「Token Economics/Token Management」へ移行した。

興味深いのは、管理を強めてもトークンの使用量自体はToken Maxxing期より増えていることだ。使用量は増え、コストはコントロールできている。これが最適化の成果である。
もっとも福島氏は、Token Maxxingを失敗だったとする世間の議論には異を唱える。AI導入の本質は技術の問題であると同時に、組織のOSやカルチャーを入れ替えるチェンジマネジメントの問題であり、Token Maxxingはカルチャー変革を突破するために極めて有用だったというのが同社の総括だ。「とにかく作ってみる、全社で使い倒す、そしてコントロールする。この山を経ないと、AI活用はなかなか進まない」と述べ、多くの企業がこれから同じ山を登ることになるとの見方を示した。
四つ目の変化がAmbient Agentである。チャットで指示して起動するのではなく、メールの受信や書類の到着、時間などのイベントを起点に、環境に溶け込んで自律的に動くエージェントのことだ。チャットでの活用は個人に閉じやすいのに対し、イベントトリガーで確実に動くエージェントは組織にスケールさせやすい。「個人のAI活用から、組織にエージェントを取り込む流れが、この1年で増えていく」と福島氏は予測した。
個人AIから組織AIへ。「三つのループ」が学習する同僚エージェントを生む
こうした変化を踏まえ、キーノートの核心である「組織AI」の話に入る。この3年、ChatGPTやClaude、Copilot、Geminiといったツールで個人単位のAI活用は劇的に進んだ。Excel作業もカレンダー調整もメールの振り分けも速くなり、個人の生産性は間違いなく上がっている。
だが、と福島氏は問う。メール処理や資料作成が速くなって、売上は上がったのか。コストは下がったのか。経営に直結する成果との間には、まだ大きなギャップがある。
個人での活用には構造的な限界もある。ナレッジやデータが個人に閉じ、プロンプトが属人化する。API連携を各自が作ればオーバーヘッドになり、セキュリティ基準もばらつく。だからこそ、業務知識、データ・API連携、権限・セキュリティ、ワークフロー統合、コスト管理を組織で共通化し、全員が同じ品質・同じ安全基準でAIを業務に使える状態を作ることが、この1年のテーマになるという。
では、組織のAIをどう育てるのか。社員のオンボーディングのようにAIを扱う「AIオンボーディング」から、今はさらに一歩進み、AIを自己進化させる段階にあると福島氏は言う。
「熟練のエンジニアは仕事やプロジェクト、インシデントから学びます。でも、今のAIは覚えません。モデルの重みを変えない限り学習されない。それでも、ハーネスをうまく改善していくことで、学習する社員のようなエージェントを作れるのです」(福島氏)
その仕組みが「三つのループ」だ。イベントやゴール志向の指示を起点に、エージェントが計画・実行し、検証・補正を受けるInner Loop。検証から学習し、知識・記憶として次の計画に生かすOuter Loop。そして、失敗の原因を分析してシステムプロンプトやツール権限、ワークフローといったハーネス自体を修正するHarness Optimization Loopである。実行には人間もHITL(ヒューマンインザループ)として関与する。
重要なのは検証の設計だ。何が良いデザインか、この会社では会計をどう締めるか。そうした判断基準は極めて閉じた知識であり、汎用モデルは知り得ない。だから評価を用意し、そこからハーネスが学習して修正される構造を作る。予算業務でスプレッドシートの重要データにアクセスできず失敗したなら、権限設定そのものを直す、といった具合だ。
「エージェントは使えば使うほど賢くなり、あなたの会社、あなたの業務にフィットしていく。こういう世界を、これまでは人間が作るしかありませんでした。最近LayerXの中でチャレンジしているのが、その改善役をフロンティアモデルに任せることです。やらせてみると、かなりうまくいくことが分かりました」(福島氏)
完全に任せきれるほど整ってはおらず、人間の介入はまだ必要だとしつつも、方向性とハーネスの土台ができた後は、仕事のログと正しい評価をAIに渡して改善案を考えさせ、自己改善させることがかなりできるようになってきたという。
