1人あたり月約30万円のLLM活用と開発速度3倍。LayerXの「経営のAIネイティブ化」
では、LayerX自身はこの1年、何を試したのか。福島氏は五つの取り組みを紹介した。

一つ目は徹底的な利用だ。昨年12月頃から社内ツールやMCP群をエンジニア以外にも配り、全社でAIを使い倒した。その規模は平均で1人あたり月約30万円のLLM利用。同社の平均給与は約800万円といい、「給与の3〜4割をトークンコストに使う、人件費が実質1.4倍になる世界。経営者なら恐ろしさが分かると思います」と福島氏は振り返る。
二つ目が開発の加速である。参考指標としつつも、コミット数ベースの開発速度は3倍以上になった。5年目を迎えた「バクラク」事業では、過去4年間で出したのと同じ数の新プロダクトを、この1年で出した感覚だという。三つ目として、すべてのプロダクトへのエージェント機能導入(Agent Native化)にも取り組んだ。
四つ目がR&Dだ。エージェントを自己改善するエージェントが、すでに社内で実戦投入されているという。そして五つ目が経営のAIネイティブ化である。3年ほど前から顧客の許可を得て録画してきた商談動画をAIが分析し、営業ごとの苦手に合わせたロールプレイングを提案する仕組みや、半期評価でマネージャーを支援するHRプロセスを整備。足元では「半期の予算の洗い替えも、全部エージェントが作っています」と明かした。
利用の爆発を支えたのが、全従業員に配布した社内エージェントプラットフォーム「Shepherd」だ。デスクトップアプリとしてコーディングエージェントが走り、MCP接続、ガードレール、スケジューラー、モデルルーティング、コスト管理を備える。当時500人を超える全社員が制約なく使った経験から、前述のLLMゲートウェイや、プロンプトキャッシュの効き方まで個人にフィードバックするコスト解析ツールが生まれ、頻出タスクは営業ポータルや人事ツールへ統合されていった。
開発が速くなった結果、ボトルネックは実装から、仕様と検証へ移動した。何を作るか、そして安全に正しく動くものができたと誰が保証するのか。同社は今年グループ入りしたAgenticSecによるペネトレーションテスト(エージェントが実際に攻撃者として振る舞い、本当に突破できる脆弱性から優先度を付ける検証)や、グループの三井物産デジタル・アセットマネジメントにおけるコンプライアンスを守りながら動くエージェント、AIと人間の最適な実行体制を組むAI-BPO、顧客のデジタル化に伴走するFDE(フォワード・デプロイド・エンジニア)まで、あらゆる手段でボトルネックの解消を続けているという。
組織運営そのものも変わり始めている。同社が「Agentic Nervous System」と呼ぶ、エージェントを神経系のように組織に巡らせるモデルだ。商談記録や議事録を常時収集・整理する感覚神経のエージェントと、顧客提案や1on1を支援する運動神経のエージェントを組み合わせ、経営の意思と戦略を現場の行動に反映していく。
福島氏自身、営業のマネジメントが大きく変わったという。かつては各マネージャーに状況を聞いて回っていたが、今は商談記録もCRMもエージェントが読んでいる。
「私はエージェントに聞くだけです。ベースラインを設定して、異常値だけを検知するマネジメントの仕組みにしています」(福島氏)
エージェントが情報を集約して意思決定を支援し、マネジメントは方向性を決めてエージェントに組み込む。現場はエージェントの評価を通じてその方向にアラインしていく。情報の密度も行動の密度も速さも上がる、「マネジメント密度」の向上である。
「業務の完全自動化」をゴールに、変革を担うAI Builderになろう
最後に福島氏は、toBサービスのゴールを「業務の完全自動化、オートパイロット化」だと言い切った。AI時代には誰でも機能が作れるからプロダクトの差別化はなくなる、という近年の議論には真っ向から反論する。
「そう言われると、私はカチンとくるタイプでして。そんなことがあるか、と。過去最高に差別化される時代が、今来ていると思います」(福島氏)
ポイントはエンドツーエンドの自動化、業務が完全に溶け込んで見えなくなる状態だ。福島氏が「ゼロタッチオートメーション」と呼ぶ理想を、経費精算を例にこう描く。
「カード決済をした瞬間に、経費精算は終わっています。マネージャーは承認していないし、あなたは稟議も書いていません。裏側では、決済していいか、価格は最適かを、全部エージェントが判断しています。この状態って最高じゃないですか」(福島氏)
この業務完了の世界を作るために今必要な人材が「AI Builder」だ。福島氏は五つの要件を挙げた。LLMやエージェント特有の技術的性質を理解する技術・AI理解。対象業務を深く知る事業・ドメイン理解。1年後にエージェントが10倍賢くなった世界から逆算する構想力。そして変革力と、推進・PM力である。
中でも変革力について、福島氏は経費精算の自動承認を例に補足した。「いいね」と言う人と、「うーん」と渋る人が必ずいる。渋る側は間違っていない。監査や内部統制の観点では、人間のチェックが業務の基準になっているからだ。
エージェントの判断が何を根拠に、どう判断し、どう監査できるのか。それを説明できなければ、技術的に可能でも会社の業務には乗らない。AI活用の最後の壁は、技術ではなくチェンジマネジメントにあるのだ。
最後に福島氏は、キーノートのメインメッセージを改めて整理した。個人のAI活用は素晴らしいし、第一歩として不可欠だ。だが、それは組織の生産性向上と必ずしもイコールではない。組織AIに必要な技術アーキテクチャーや組織のOSは、既存の組織とは決定的に異なる。だからこそ、作るだけでなく、業務を理解し、既存のルールで動く人の気持ちとロジックを理解したうえで、変革まで踏み込む人が要る。
「エンジニアにとどまるのではなく、ルールを変える、説得する、業務を理解する。そこまで踏み込んで、AIとともに働く社会を一緒に作っていきましょう」と語り、業務を終わらせる組織AIを生み出そうという呼びかけで、福島氏はキーノートを締めくくった。
