ROI954%の衝撃と、全社員3,700人へのChatGPT Enterprise配布
押久保:CSAX戦略(※1)を発表されてから、およそ8ヵ月が経ちました。まずは現時点の進捗を、数字と現場感の両面で教えていただけますか。
小野:まず2025年6月末から8月の頭にかけて、ChatGPT Enterpriseを使い倒すパイロット期間を設けました。挙手制と事務局からの指名制で315名を集め、ほぼ全部門から参加してもらいました。結果、ROIは954%、1人あたり年間170時間の業務がAIに置き換えられることが確認できました。
社員1人の年間労働時間が約2,000時間ですから、9%近くの業務がすでに置き換え可能ということになります。これだけの効果が出るならと、9月にChatGPT Enterpriseを全社員3,700人に配布しました。
押久保:累計300万時間という大きな目標も掲げられていますね。
小野:2019年からDXを始めて、最初の6年で161万時間を削減できました。残る140万時間を、半分の3年で削減するという計画です。通常こうした業務削減は、最初に大きな塊を取り終わるとカーブがなだらかになるものですが、生成AIによって再加速できる見込みが立ちました。足元でもすでに11万時間が実績として置き換わっています。

押久保:意思決定の決め手は、やはりROIだったのでしょうか。
小野:投資判断のためにROIで説明はしています。ただ、本当に大事なのはそこではありません。「明らかに自分の仕事が少し軽くなった」「以前は出てこなかった商品企画のアイデアが出てきた」というような、表現しにくい定性的な変化にこそ、生成AIの本当の力がある。
社長の水野も自ら毎日使っており、「もうAIなしの仕事に戻れない」と毎回口にしています。採用面接の場で人事の総合職社員が「AIなしの仕事に戻れない」と話す光景も、今では当たり前になりました。
そのため社内では、AIをアーティフィシャル・インテリジェンス(人工知能)ではなく、アシスティブ・インテリジェンス——皆の仕事をアシストする最強のパートナーとして位置付けています。相談しても、スライドや画像を作ってもらってもよい。日常業務をビフォーアフターで変えていく、その積み重ねが本筋です。
「As isからのフォーキャスト」で、社員心理を置き去りにしない
押久保:AIを前提に業務を「再設計」するというフレーズが、CSAXのキーワードになっています。一方で、現場社員には「何をどう変えればいいのか」という心理的負荷もあると感じます。
小野:おっしゃる通り、そこが難しい。経営的にはTo be(理想像)からのバックキャスト、つまり理想像を先に描いて逆算するのが合理的に見える。しかし社員一人ひとりの心理からすると、「いきなり全業務をAI前提で再設計してください」と言われても、何をどう手をつければよいのかわからない。スピードが速すぎることへの不安は間違いなくあります。
そこで当社は、あえてAs is(現状)からのフォーキャスト——今の仕事を少し良くするためにAIを使うアプローチを、意図的に併用しています。
押久保:具体的にはどのような事例がありますか。
小野:カードカウンターという、提携先の施設などでセゾンカードを案内する業務があります。1日の終わりに終礼があり、毎日10〜15分かけて議事録を作成する担当者がいます。1日あたりは小さな手間でも、年間で積み上げるとそれなりの時間になります。
そこで現場の社員が「終礼GPT」というカスタムGPTを起案し、自ら作り上げました。終礼を始める前にボタンを押して音声モードで進めると、終わった時には議事録ができている。最後に目検で軽く確認するだけで完了します。「これなら使うイメージが湧く」と好評で、好事例として全社に広がりました。
押久保:もう一つ、御社では「真面目さ」が活用のブレーキになる課題にも取り組まれているそうですね。
小野:真面目な方は、業務で役立つかわからないうちは試しに触れること自体に申し訳なさを感じてしまいます。とても大切な美徳ですが、変革の局面では足かせになることもあります。
そこで年末年始に、ある現場で「AI 4コマ漫画書初めコンテスト」を業務命令として実施しました。当初は「これが仕事でいいのか」と戸惑う声もありましたが、いざ作ってみると「こんなに簡単にできるのか」と驚きの声が上がりました。鶏が先か卵が先かの違いで、まずは心理的ハードルを下げるきっかけを作ることが大切です。
