AIの進化スピードに、大企業はどうアジャストするべきか?AIエージェント組織を定着させる3つの土台
積水ハウス イノコム、三井住友カードのキーパーソンと探るAI組織の理想とリアル
ゼロから作るなら速いが、「今ある仕事」の置き換えから始まる現実
野口氏の実践を受けて、木田氏は率直に驚きを示しつつ、このAIエージェント組織をどう現実に実装していくのか、問いかけた。
「これはすごいですね。非常に興味深いです。ゼロから仕事を設計するのであれば、企業内への実装も比較的進めやすいと思います。一方、多くの企業では、まず既存業務の一部をAIエージェントで代替・支援するところから始めるのが現実的です。既存の仕事をそのまま自動化するだけではなく、その仕事の中身自体をちゃんと見直していくことも、必要になってくる」(木田氏)
木田浩理(きだ・ひろまさ)。積水ハウス イノベーション&コミュニケーション CMO(最高マーケティング責任者)兼 CDDO(最高データ・デジタル責任者)。国内大手通信企業、外資系IT企業で営業を経験したのち、百貨店、EC等においてデータ分析・マーケティング実務を積む。2018年 損害保険会社にデータサイエンティストとして入社。データ分析組織の立ち上げ、分析人材の育成等に従事。2021年マーケティング専門組織を立ち上げ初代CMO就任。2025年8月より積水ハウス イノベーション&コミュニケーションに入社。CMO兼CDDOに就任。一般社団法人日本エビデンスベーストマーケティング研究機構代表理事。最新刊『AIを味方につける仕事術 AI活用のもやもやを現場の力に翻訳する』(インプレス、2026年6月)
大企業は、速さだけで意思決定はできない。これまで積み上げてきた顧客への信頼、品質や個人情報、内部統制など制約は多い。野口氏のようなアジリティは取り入れたいが、必ずさまざまな調整事項や壁が立ちはだかる。こうした要素をどう両立するかが、企業にAIを実装する際の重要な課題だと木田氏は言う。
木田氏の問いに対して野口氏が示したのは、ハードルではなく未来像から入る手順だった。スタートアップがAIエージェントを1,000体抱え、大企業と同じビジネスモデルを回す。そんな可能性まで想像して自社のTo Beを描き、逆算する。
「いきなり、難しいハードルに立ち向かっていくと、そのハードルを乗り越えるだけで大仕事ですし、合意形成も難しい。まずAI活用の方針を担う意思決定層がTo Beを提示し、現実的なステップを示すことが必要でしょう」(野口氏)
ただし、そのTo Beは社内で前提が共有されて初めて機能する。白石氏と木田氏から大企業の内情を踏まえた意見が語られた。
「会社にはいろいろな社員がいて、こういうことが今日現在もう行われているんだと想像できる人がいる一方で、自分とは関係ないと思ってしまう人もいます。バックキャストやTo Beから逆算するときも、まず前提を合わせるのが難しい」(白石氏)
「企業では競合の動向を一つの判断材料にする場面もありますが、野口さんの取り組みのスピード感を見ると、競合の動向を待ってから判断するのでは遅れる可能性があります。早い段階から経営アジェンダとして議論する必要性を感じます。一方、大企業では、経営層で議題化し、合意形成に至るまで一定の時間を要することもあります」(木田氏)
では、経営層にどう届けるのか。木田氏は「今週これくらい進化しているよ、とレクチャーしてくれる家庭教師のような人が必要なんじゃないか」というアイデアを示し、野口氏も同意しつつ次のように提案する。
「半年前のAIの常識では、認識がズレてしまいます。経営アジェンダにするために会議を招集しているようでは遅いので、AIエージェント組織を誰でもアクセスできるように、パブリックな形で見える化してみるのはどうでしょうか。AIエージェントは具体的にどう動いて、どんなアウトプットができるのか、目に見える形にするのが大事です」(野口氏)
レジェンド社員の暗黙知を、どうAIエージェントに継承させるか
大企業に固有の壁は、制度や承認フローだけではない。ずっと同じやり方で回してきた業務を、どうAIエージェントに継承するのか。しかもその手順は、特定の個人に属人化しているケースも少なくない。
「AIエージェント組織の実装を考えるなら、AIの部署だけでは完結できず、その人にしかない暗黙知を持ち、レジェンドと呼ばれている社員たちの協力も必要です。暗黙知をどうやってAIエージェントに継承させるのか。ある意味、これまでにない仕事でエキサイティングである一方、難しい面もあります」(白石氏)
これに対する野口氏の答えは、意外なほどシンプルだ。
「そのレジェンド社員たちが、AIエージェントを『弟子』としてちゃんと面倒を見る。そのAIエージェントが業務を完遂できるように、チャットやテキストで指示を出すことで暗黙知が形式知化していく。私はそれをエージェントOJTと呼んでいるんです」(野口氏)
この継承というシンプルな作業こそ、AIエージェント組織実装の鍵だ。ただし進め方を誤れば、自分のノウハウをAIに渡すことにネガティブな感情を示す社員もいるだろう。本人にとっても、会社にとってもいいことだと方向づけできるかがポイントだが、懸念に対して野口氏は一つのアイデアを提示する。
「特許の発明者インセンティブのような設計をナレッジの提供にも置けるといいのではないでしょうか。会社のためにノウハウを提供した人が報われる形を、評価とは別の軸で作る時代かもしれません」(野口氏)
ここで白石氏から、違う切り口での話題が投げかけられた。転職するデータサイエンティストの中堅社員が、後輩の一助になればと、置き土産に自身の知見をAIエージェントへ教え込んで残そうとした。ところが、その対応に中堅社員の上司から「みんながそれに依存してしまう可能性もあるから危険」という指摘が入ったという。
「その意見に対して、私はなるほどと思いました。もちろん、AIエージェントがいることで現場に役立つ点もあると思いますが、ノウハウにいつまでもすがりついていいのかという点には、一理あります。ナレッジが人から離れて共有され始める時代になると、違う価値観が生まれてくるかもしれません」(白石氏)
白石寛樹(しらいし・ひろき)。三井住友カード 執行役員 マーケティング本部 副本部長。2000年 名古屋大学大学院 理学研究科分子生物学専攻 修士号取得。同年 三井住友カードに入社。カード営業やカード不正使用対策のセクション、経営企画部を経て、2017年 統合マーケティング部にて、データ活用・データ人材育成に従事 2019年 マーケティング統括部データ戦略室長 2020年 データ戦略部長としてAI普及推進やデータ分析支援サービス『Custella(カステラ)』の立ち上げ等、会社全体のデータ活用を指揮(現職)
白石氏の意見を受け野口氏は、推進する側こそ持っておくべき視点にも触れた。
「AIを使うと人の思考能力が落ちるというレポートもすでにあります。頼りすぎることへの警鐘は鳴らすべきでしょう。脱AIエージェント依存の揺り戻しはいつか来るので、依存せずに仕事をやりきる力を、AIエージェント組織を作る傍らで養っておくのも大切です」(野口氏)
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押久保 剛(AIdiver編集部)(オシクボ タケシ)
立教大学社会学部社会学科を卒業後、2002年に翔泳社へ入社。広告営業、書籍編集・制作を経て、2006年にスタートの「MarkeZine」立ち上げに参画。2011年4月~2019年3月「MarkeZine」編集長、2019年9月~2023年3月「EnterpriseZine」編集長を務め、2023年4...
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