事例2:事例集を「疑似体験」できるHTMLアプリに
2人目は、クレジットサービス部でお客様の入金処理を担当する筬矢氏だ。担うのは、振込入金されたお支払いがどのお客様からのものかを特定する業務である。
口座引き落としなら顧客は自動で特定できるが、振込入金はお客様がいつでも振り込める分、日々の確認作業が発生する。その確認には知識と経験が求められ、習熟度に差が出やすい。経験の浅い社員からの相談に、ベテランが時間を取られることも多かった。
チームではこれまでも、過去の対応事例を事例集として蓄積・共有してきた。しかし筬矢氏は、そこに壁があったと話す。
「事例集によって知識を共有することはできても、経験まで共有するのは難しいという課題がありました。そこで、読んで学ぶだけではなく、事例集に基づくケースを疑似体験できれば、知識を実践で活かせる力に変えられるのではないかと発想を変えてみました」(筬矢氏)
まず事例集を、業務に精通した社員同士の議論でナレッジとして整理し、チーム共通の判断基準を明確にした。ここでのAIは壁打ちや矛盾・見落としのチェックに使う「相談相手」で、主体はあくまで人だ。
次に、そのナレッジをもとにHTMLアプリの教育ツールを作成した。こちらはAIがなければ「自分一人では作れなかったもの」だという。
デモでは、振込名義がアルファベットのケースや、旧姓で振り込まれたケースが紹介された。学習者は複数のシステム画面を確認して該当するお客様を選び、「決定」ボタンを押す。正解・不正解のいずれでも、なぜそう判断するのかという考え方の導き方が表示される。
AIは経験の「増幅器」 HTMLアプリは「ちょっと便利」に
発表後のクロストークで、取り組みを通じて何が変わったかを問われた根岸氏は、「活かす」「使う」「残す」の三つを挙げた。
クロストークの様子。左から小野氏、根岸氏、筬矢氏
ベテランの経験をAIと掛け合わせて増幅させる。確認作業に費やしていた時間を、人でなければできない判断や議論に使う。得た知見をマニュアルで引き継ぐだけでなく、組織の資産として残す。
小野氏は「増幅」というキーワードに反応した。同社はAIをAssistive Intelligence、つまり人に取って代わるのではなく人を支援するものと位置づけている。
「方向性のディレクションを間違えると、増幅する方向も間違えてしまう。AIを使いこなしていても、そもそもうちの業務はそこじゃない、というずれた方向にいくら使っても、やはりずれてしまう。業務の経験や知見を持つ人が、ここが困りごとだ、ここが勘違いされやすいというポイントを押さえたうえで、AIの力でエンパワーされて仕事が進んでいく。それが大事なんです」(小野氏)
筬矢氏も、Excelに計算式を入れる程度しか知らなかったチームに「仕事をこう変えられるかもしれない」という道筋が見えたと語る。上司の大橋氏は、ブラックボックス化していたベテランの頭の中を可視化し、平準化できたことを「非常に大きな成果」と評価した。
「HTMLアプリという手法そのものが、いま同社内でとても流行っている」と小野氏は言う。
LLMは確率的に動くため、単純なチェック業務には向かない場面がある。HTML・CSS・JavaScriptだけで作るアプリなら決定論的に動き、応答も瞬時なので、電話口にお客様がいる場面でも使える。
また、システム部門に正式に見積もりを依頼すれば数百万~数千万円規模になり、ちょっとした困りごとでは相談しにくい。小さなHTMLアプリなら3時間ほどで作れる。社内で紹介したところ、関連会社を含む20ほどの部門から説明の依頼が寄せられているという。
質疑応答では、モデル選定とセキュリティについて質問が挙がった。
モデル選定について小野氏は、どのタイミングでどのモデルが最適かという「地図」を書き切ることはあえてせず、基本はChatGPTのInstantモード、足りなければThinkingなどを使う「ゆるふわ」な整理にとどめていると答えた。業務に決定的な差が出るときだけ、はっきり周知するという。
バイブコーディングのセキュリティについては、線引きが明確だ。間違いがクリティカルなもの、金額がずれたら致命的なもの、長くメンテナンスし続ける業務の中核は、きちんとシステムで作る。
一方、教育ツールのように何かあってもクリティカルではない「ちょっと便利」なものや、個人や数人の仕事を効率化するものにはどんどん使ってよい。
「AIは魔法の杖ではありません。過度な夢を見すぎないように、ということも合わせて伝えています」(小野氏)
AIに詳しい人ではなく、仕事に詳しい人がAIを使う。クレディセゾンの「経験×AI」は、ベテランの判断という最も属人的な資産を、AIを介して組織に開いていく試みだった。
全社トークン切れを経験するほどAIが日常に浸透した企業が、次に向き合ったのが「人の経験」だった。このリアルは、AXを推進する企業にとって大きなヒントになるだろう。
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押久保 剛(AIdiver編集部)(オシクボ タケシ)
立教大学社会学部社会学科を卒業後、2002年に翔泳社へ入社。広告営業、書籍編集・制作を経て、2006年にスタートの「MarkeZine」立ち上げに参画。2011年4月~2019年3月「MarkeZine」編集長、2019年9月~2023年3月「EnterpriseZine」編集長を務め、2023年4...
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