観察とインタビューで暗黙知を抽出 しかし課題は"その先"
森:フィジカルAIにおいて、熟練者の暗黙知をいかに形式知化していくかは重要な問いですよね。どのようにして暗黙知を吸い上げてきたのですか。
吉田:具体的な方法は3つあります。1つは実際に人を観察することです。私も働く「Lumada Innovation Hub Tokyo」のオフィス内に“エスノグラファー”が在籍しているのですが、彼らが熟練者の後ろに付いて動きを観察し、何がその人のこだわりなのか、どんな工夫をしているのかをメモしておいて、後でデプスインタビューをします。そして、インタビューの録音をAIで形式知に変える。何年も前から行っていますが、今でも王道パターンです。
2つ目の方法として、AIインタビューも使えます。過去の保守履歴とともに「なぜこのときこのアクションをとったのか」が文章化されていればいいのですが、実際はなかなか難しい。そこで「なぜ?」をAIが熟練者と対話しながら引き出していきます。
社内にはさまざまなドキュメントが存在していると思いますが、それらの情報がどうつながっているかは、人の頭の中にあることが多いです。観察やインタビューによって、まだドキュメントに反映されていないつながりをデータとして取得できます。勘やコツといったものですね。
最後に、動画を撮影するケースもあります。インタビューをしたくても話す時間がとれない場合もあるため、溶接の仕方や言語表現が難しい作業を動画で撮影しておき、AIに解説させ、その作業をマニュアル化する方法です。
森:最近、いろんな経営者の方と話すと、どんな話題からスタートしても必ず暗黙知の話題に行きつくんです。その中でひらめいたのですが、暗黙知の「知」という言葉に我々は引きずられすぎているのではないかと。
熟練者と若手を分ける要素として、判断において何を考慮するのかといったポイントや危機察知能力なども大きいと思っています。その差を明らかにしていく手法に、認知心理学者のゲイリー・クライン博士らによって開発された「ShadowBox Training Method」などもあります。この熟練者と若手の違いを「知識」だと思ってアプローチすると、うまく拾えないということもあるのではないでしょうか。暗黙知の網羅といえばいいのか。「拾えるもの」「拾えないもの」をどう捉えられていますか。
吉田:当社の場合は、何が今足りていなくて、何が属人化しているのか、だからどの領域の暗黙知を拾い上げなければならないのかを議論するようにしています。すると、どの程度の暗黙知を抽出できたかを追うことができます。ゴールは7割程度でもいいのです。すべての暗黙知を取得するとなると、そう容易ではありません。できるだけスコープを限定して、シーンごとに拾い上げるようにしています。
課題は、暗黙知をどんな形式知に変えればAIが再利用しやすいかです。当社では今、暗黙知を全社的な生産性向上にどうつなげればいいのか、どうすれば共通化できるかに目を向けています。一部はAIエージェント化して扱いやすくするといった工夫もできるでしょう。
森:なるほど。では、AIが暗黙知を学習して組織に還元できるようになったとき、熟練者のあり方はどう変わるとお考えですか。
吉田:熟練者からすると、暗黙知を伝承する相手が人ではなくロボットに変わりますよね。そう考えると、やはり中には警戒心を抱く人もいます。とはいえ、この流れには逆らえないのも事実であり、熟練者には協力していただく場面が増えていくでしょう。
一方で、私が気にしているのは熟練者というより若手なんです。これから暗黙知が伝承されるであろう若手たちはAIネイティブ世代です。AIのいうことを前提に判断する場面が増える可能性もあります。それで本当に暗黙知が伝承されるのでしょうか。いざトラブルがあったとき、適切な動きがとれるのか。
そういう時代だからこそ、私は若手のうちにいろんな経験をしたほうがいいと思っています。ソースコードを自分で書くなど、AIを使わずにまずは体験してみる。そうしない限り、どうしてもAIに依存してしまうのではないかと懸念しています。
森:AIを使うことはできても、実体験を通じて自らの判断軸や視点をもってほしい、ということですよね。
吉田:そのとおりです。私自身は、若手もそうですがAI時代の"ネオ熟練者"をどう育てていくかに関心をもっています。
