アプローチ1:現場に入り込み「学びの巡る道」を通す伴走支援
一つ目のアプローチは、組織に学びを巡らせる伴走支援だ。Mutureは支援先のプロジェクトチームの中に入り、同じチームの一員として一緒に手を動かすスタイルで組織変革に取り組んできた。基本の流れは以下の4ステップである。
- 既存組織のシステムエラーを捉える
- 積み上げられた文化・歴史を捉える
- 新たな問いを立てて対話する
- 理想を体現するパイロットプロジェクトを実施する
出発点となるステップ1は、既存組織のシステムエラーを捉えることだ。学びを止める縦の壁や横の壁は、多くの場合、その会社の成功を築いてきた正しい型として機能しており、それぞれの階層や部門の中では正しいルールに見えている。だからこそMutureは「半分外の人、半分中の人」の目で現場に入り込み、こうした見えにくいエラーを捉えることから始める。
ステップ2は、積み上げられた文化・歴史を捉えること。エラーが見えても、いきなりルールを否定したり、やり方を変えたりはしない。ポイントは、壁を悪者にしないことだ。組織に根付いた文化や歴史は、むしろ変革の取っ掛かりとなる強みとして活かすのだという。
ステップ3は、新たな問いを立てて対話すること。組織変革には関係者の当事者意識が欠かせない。部署や役職を越えた対話を通じて、それぞれの立場から理想の姿を言葉にしていくことが、足並みを揃えて前に進むための土台になる。
そしてステップ4で、対話から生まれた理想を体現するパイロットプロジェクトを、まず小さく試す。ここでは、横の壁を越えて企画する人と顧客に触れる人を一つに、縦の壁を越えて考える人と作業する人を一つにする、部門横断チームを立ち上げる。
このチームには、顧客から学びを得るために価値探索・仮説検証を回しきるケイパビリティが求められる。それには企画・デザイン・エンジニアリングの職能が必要になるため、初期は外部の専門家を混ぜて始め、回しながら内製に移していく。その裏側では、企画承認と開発承認を分割して探索のための予算を確保するなど、予算と権限も動かしていく。
「大事なのは、予算が尽きる前に目に見える小さな実績を作ることです。立派な価値提供を目指すというより、小さくてもいいのでいかに価値提供をするか。狙いどおりの成果を積み上げられれば、それが継続的な探索予算の確保につながります」(稲葉氏)
こうして現場の一つのチームと経営の間に、学びの巡る道がまず一本つながる。
アプローチ2:「仮説を立て、事実に当て、次を決める」力を鍛える研修プログラム
ただ、道ができても、そこを流れる学びが現場で生まれなければ意味がない。そこで二つ目のアプローチとなるのが、現場が学ぶ力を得る研修プログラムだ。
稲葉氏によれば、顧客から学びを得る力とは「仮説を立て、事実に当て、次を決める」一連の判断力である。その手段となるリサーチには、事実から解くべき課題を明らかにする探索的リサーチと、仮説の解決策が効くかを事実で確かめる検証的リサーチの2種類があり、自分たちが顧客の何をまだ知らないのかによって使い分ける。
現場が顧客から学びを得るために必要なのは、手法の知識をインストールすることではなく、実際に課題を扱って判断してみる経験だ。そこで、Mutureのアプローチとしては、伴走支援による実案件のサポートのほか、2日間の座学とワーク、その間の2週間のリサーチで構成されるPBL(課題解決型学習)形式の研修パッケージを提供する。
参加者自身が持ち込んだ企画を「誰の、どんな課題を、どう解決したいか」という設計まで落とし込み、成果物の企画はそのまま社内新規事業コンテストにエントリーする。学びを研修だけに閉じない設計である。
「仮説を立て、事実に当て、次を決める」という、顧客から学びを得る力があれば、現場では、価値探索や仮説検証のサイクルを回すことができるようになる。これにより、組織の中に開通した道を、現場で得られた学びが循環する。
アプローチ3:学びを全社員の日常業務へ広げる実践型ツールキット
伴走支援と研修は、人から人へ伝えるやり方であるため、規模に限界がある。Mutureがこれまで関わってきたのは、伴走で延べ100名超、研修で延べ300名超。合わせても400名程度だ。
「私たちが本当に届けたい先は、数千人、数万人という単位。大企業のグループ全社員の日常業務へと届けたいと考えています」(稲葉氏)
このギャップを埋める三つ目のアプローチが、新たに始める実践型ツールキットだ。人が担ってきた支援や研修の役割をツールに落とし込み、隣に人がいなくても学びの実践ができるようにする。
構成要素は三つ。一つ目の「プレイブック」は、専門家の段取りと観点を手順化したもので、迷ったときに立ち返る基準となる。二つ目の「ワークスペース」は、作業の記録・進行・成果物を一元管理し、実践の記録がそのまま組織の資産となる。そして、三つ目の「AIエージェント」は、判断の観点を返す壁打ち相手となる。
研修やツールキットによって実現したい世界は、現場でも少しずつ形になり始めている。非エンジニアのベテラン社員が、仮説検証に使う機能の実装をAIに依頼している例や、若手社員が、プロダクトバックログにある検証項目の整理をAIに任せるなどの例が現実に起こっている。
いずれのAI活用事例も「現場が顧客から学ぶこと」を目指して、「作る・調べる・整理する」といった作業を高速化している例だ。稲葉氏は「AIの作業の速さが、顧客から学ぶ活動の速さにつながり、学習サイクルを加速させています」と説明し、AIの「つくる力」が顧客から学ぶ価値探索・仮説検証を高速化かつ拡大にすることで、組織全体の学びの循環をより速く、大きなものにできると強調した。
最後に稲葉氏は、大企業の組織変革の知見をまとめた「大企業組織変革支援のレシピ」を無料公開していることと、プロジェクトの詰まりを構造的に見立てる「組織デザイン構造診断」「ステークホルダー構造診断」という二つのワークショップを紹介し、「変革は一社で完結するものではなく、多くの人や組織の挑戦がつながってこそ加速すると考えています」と語り、講演を締めくくった。
AI導入後に停滞感を抱えている組織にとって、学びの循環という補助線と、伴走・研修・ツールキットという三つの処方箋は、自社の詰まりがどこにあるのかを見立てる出発点になるはずだ。
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